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砂漠、薔薇、硝子、楽園、 (9)

feat.松尾友雪 》》》詳細 序文

》》》8.
「君たちにとっては大事でないらしい、使い捨ての『現在』はね、スグル、僕たちには絶対に癒えない傷であり、絶対に枯れない花だ。僕たちの『現在』は、とても、とても大事なものだが、君たちはそれを理解しない。だから、僕たちは君たちといると、傷ついた、悲しい気持ちになる」

>9.ニキ_

仁綺が小さな頃からずっと趣味で続けているという切り絵は、趣味というより、芸能に近かった。それだけでも立派に作品と言えそうな下絵を、トレーシングペーパーに清書して画用紙に貼り付け、デザインナイフで丁寧に切り取っていく。小さな花々から、昆虫、動物、静物など、図柄はさまざまで、不思議に物語を感じさせる童話風のものや、細胞や、細菌のコロニーを模した抽象的なものもあった。

イヅルは、切り絵を浮かせてできる影で遊ぶのが好きで、スグルは仕上がった作品の凹凸を触って確かめるのが好きだった。イヅルもスグルも、虚心に机に向かう仁綺の、鹿毛色に伏せた、濡れるように豊かな睫毛を眺めるのが、好きだった。

仁綺は初め、スグルに用具の相談をした。スグルが用意すると、まずスグルのためにシジュウカラのカードを作り、次にイヅルにペンギンのカードを作って見せた。ふたりはそれぞれの部屋に、そのカードを飾った。仁綺は、次第に大きなものを作るようになり、作品は次第に、短時間では仕上がらなくなった。イヅルとスグルは、ダイニングテーブルを占領して食事もそれほど摂らずに作業に打ち込んでいる、仁綺の両側に座って、手の付いていない夜食をつまみながら、仁綺を眺めて過ごすこともあった。

仁綺はいま、縦A3の濃紺の画用紙に、「月と砂漠」をモチーフに絵柄を刻んでいた。右上に緻密なレース柄で描かれた大きな三日月が、できかけていた。ダイニングテーブルのベンチ式の椅子に、スグルは仁綺の右隣、イヅルは左隣に腰掛けて、切り絵を見ていた。月からは、ビーズカーテンのように、雫型の模様が流れ落ちていた。下絵を見るに、まだ手をつけていない下半分では、旅ゆく2頭の二瘤駱駝が主題になっているようだった。

「月が」
ユニゾンになった。ふたりはちらりと互いを見つつ、気にしないでユニゾンで続けた。

綺麗だね。

仁綺は微笑んだ。半分だけできた切り絵を裏返すと、トレーシングペーパーが貼られていないほうを、ふたりに見せた。
「途中まで仕上がっているのをこうやって見るのも、とてもいい。ここに、駱駝と、蝶がいて、子どもが花瓶を背負って駱駝を追ってる。背景は、星を詰め込んだピラミッドなの。裏側にあるのをみんな反転させて、ここに思い出すのが、私は好き」
「これは、確かに普通のカッターじゃ無理だな。僕に理解がなかったよ。全然、仕上がりが違う」
スグルは言って、出来上がっている部分を指でなぞった。初めて仁綺から何かを欲しいと言われたのがデザインナイフで、主に自傷の心配から、仁綺を疑って刃物を渡したがらなかったのを、スグルは思い出していた。カルテどおり、仁綺は自分を大切にする人間だったし、すぐに分かったことだが、道具を、とても大切に扱う人間だった。スグルが調達したデザインナイフは、作業を中断するたびに磨かれ、フェルトの文房具入れに大きさの順に並べられて、しまわれていた。
「こういうのを描こうとか作ろうとか思うとき、ニキはどんな感じがするの?」
左隣に座っていたイヅルが頬杖をついて、仁綺の顔を覗き込み、指の背で仁綺の頬を触りながら、尋ねた。

仁綺は下絵の、月光の代わりに月から砂漠へ舞い降りる蝶の群れが、切り口からの歪みで浮いていたのを、その桜貝色の爪の先で抑えながら、囀るように言った。
「ふたりのことを考えていたら、こういうのを作りたくなった。雨咲イヅル、雨咲スグル。ふたりの名前はとても素敵。砂漠に、花が咲くみたい」

イヅルとスグルは、顔を見合わせて、両側から、腕を交差させて仁綺の肩を抱き、仁綺の頭に、口付けた。

3人はそのまま、「プラネタリウム」へ雪崩れ込んだ。

「ニキ。スグルに、つかまって」
イヅルは後ろから仁綺に入ったあと、仁綺を抱え上げて、座位になった。開いた脚で均衡を取りかねた仁綺は、スグルの頸に抱きついて、動きはイヅルに委ねた。イヅルは仁綺の腰に腕をかけ、仁綺の高揚した身体を、興奮した内部を、感じながら、ゆっくりと、揺らした。そのうちに、抱きついた腕で無防備になった仁綺の上半身を、イヅルは耳を甘噛みしながら、愛撫しはじめた。イヅルの助けを借りられない仁綺の腰が、もどかしげに、うねっていた。スグルは息の根を止める激しさで仁綺の口を塞いで、イヅルを必死に受け入れている仁綺の入口をなぞり、濡れた指先で仁綺の先端を弄り探って見つけ、仁綺に小さな悲鳴をあげさせた。

仁綺の唇から口を離したスグルは、手は休めずに、イヅルが舐めていないほうの仁綺の耳朶に、舌を這わせた。
「う…」
仁綺は悦びに、涙を流した。
「ニキ」
「ニキ…」
イヅルはスグルごと、スグルはイヅルごと、仁綺を前後から抱きしめた。
「あ。…あ、潰れてしまうよ、苦しい…」
仁綺が、呟いた。仁綺の呟きから隠れるように、イヅルが、小さく呻くいて息を止め、脱力した。密着していた3人の身体はそれぞれに、緩んだ。それからしばらくは、仁綺はあいだをおきながら、痙攣するように、震えていた。スグルは仁綺の身体がおさまるまで、仁綺と唇を重ねた。
「ニキ、こっち」
イヅルはずるりと身体を抜くと、スグルとのキスに没頭する仁綺をスグルから離して、仁綺を回転させ、仁綺の唇を奪った。
「ニキ、痛かったり、しない? すぐにしても、大丈夫?」
スグルは透き通るような、仁綺の背筋を、撫で下ろした手で、後ろから仁綺を確かめた。そこは熱く濡れて、呼吸に合わせて、蠢いていた。
「ん…大丈夫、いっぱいできて、嬉しいよ…でもあんまり激しいと、あと一回ずつは、もたないかも…」
「そうだね。ゆっくりしよう。ニキは、力を抜いていて。イヅル、ニキを…」
スグルは胡座のまま、仁綺を背後から両脇で抱え上げて繋がると、仁綺の上体を羽交い締めにしてイヅルに示しながら、仁綺と頬を押しつけ重ね、イヅルを促した。

イヅルは微笑んだ。

「なるほど。ゆっくり、ね…君には粘着質な向きがあるが、こんな時は、悪くないと思わなくもないな。ニキがいけるまで、じゃあスグル、動くほうはいったん休憩ということで、いいね…? ニキ。胸と、舌と、どっちでいきたい?」

尋ねながら腰から胸元へ撫であげるイヅルの手つきに、仁綺は声を漏らした。仁綺は唇を震わせて、どうにか言葉を出すというように、キスで、いくのが、好き、と、吐息まじりに、言った。

イヅルは、スグルにとらえられている仁綺の両腕を辿って手を繋ぎ、仁綺に深々と、口付けた。



>次回予告_10.スグル

「どうして? とても可愛くて、元気が出る」

》》》op / ed

今日は明日、昨日になります。 パンではなく薔薇をたべます。 血ではなく、蜜をささげます。