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幸運

築三十年を超えるアパートの六畳一間には畳が敷かれており、い草が所々ささくれ立っている。建て付けが悪くドアを開けるのにも一苦労するこの部屋は日当たりだけは良い部屋だったので、男が住んでいる数年の間に畳は日焼けして、入居当初に替えた畳はもう随分と淡い黄緑色に変わってしまった。

アパートから遠く離れたところに建つ学校のチャイムが鳴る。午後三時。男は部屋の隅で縮こまっている。男は三年前に事業を始めたが、失敗という失敗はおきていないのにもかかわらず、どうしてかどうしてか、借金が倍の倍の倍倍で膨らんでいき、もう自力ではどうにもできないところまで来てしまっている。

男は壁に背をつけて体に力を入れ、猫背をより猫背にしながらぎゅっと小さくなれるだけなろうと、そうやって不幸を肩から下ろせるだけ下ろそうと努力をしている。しかし、幸運なことに、この部屋にいる限り陽射しはいつでも暖かいのだ。開けっぱなしの窓から、南風が入ってくる。春の柔らかな風。遠く離れた小学校から、子供たちの元気な歓声が風に乗って届けられる。男は借金地獄のどん底にいるが、子供たちの声を聞くと自分の取り柄は元気と誰よりもパワフルで熱い魂があることなのだと思えるが、男には親兄弟親族親友恋人がいないという孤独はやっぱり不幸であるかもしれないが、ライフラインが止まらない程度にはなんとか暮らせているとなると大丈夫といってしまっても差し支えないのであり、明日は快晴予報ということはつまりこれはこの上なく、そう!幸せな!のである!もう!とてつもなく!ハッピー!ハッピー・ガイ!な!の!で!あ!る!

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