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その人が生まれた時

その人が生まれた時、あまりにも透明だったので、胎内から出てきても誰にも見えなかった。
生まれた感覚はあり、確かに母の腹の膨らみはなくなったが、赤ん坊がどこにもない。だが泣き声はする。
助産師が声のする方へ手を伸ばすと、何もないところには肌に近い感触の何かがある。恐る恐る全体の形を確かめるが、その感触や形は人に似て、猫に似て、鳥にも似ているような気もしたが、透明なので実際のところどれが正解なのか分からなかった。
医師も助産師も母親も、みんな、戸惑っていた。透明なものを、赤ん坊だと思えないのだ。
助産師がそっと抱えて母親に渡すと、母親は見えない子を抱えてぽたぽた涙をこぼした。子どもに対する愛情がわかないことが悲しかった。
それでも母親はこの子が大人になるまで育てていくのだという予感があった。ただし、どんな容姿で育って行くかはまるで想像がつかなかった。
分娩室内には大人だけがいて、赤ん坊の鳴き声だけが響いている。

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