見出し画像

【旅行記】微魔女の微ミョーな旅・13

1.ヨルダン、イランー2016年 (2)イラン

 『ドント・ゴー・トゥ・イラン』?

 カシャーンのホテルに到着したところで、実質的このツアーは終わりになる。ジャイメとグレッグが翌日の早朝便でテヘランを発つためだ。ジャイメとはあまり話はしなかったが、たくさん写真を撮ってくれたのでメールの交換をし、グレッグとルークとは最後の夕飯に出掛ける約束をした。私とルークは夜便での出発なので、明日はリリーたちとカシャーンを観光する予定になっている。
 午後7時。
 「部屋はどうだい、ケイトウ? 広くて景色が良くて、シャワーも申し分ないな」
 ロビーに現れたグレッグの挨拶もこれが最後ということだ。
 向かいのホテルに泊まっているルークも合流して、街の中心までタクシーで行くことにした。ルークが下調べしたレストランがあるのだそうで、珍しくガイドブックも持参している。約20分後、商店街で車を下りレストランを目指すものの、通りを一本入ると路地が迷路のように入り組んでいて、不穏な雰囲気になる。イランには戦争時の銃が未だに売買されているらしいので、こんなところで強盗に襲われたらひとたまりもない。
 「大丈夫、大丈夫、こんな屈強な男が二人もいるんだから」
 グレッグは屈強かも知れないが、ルークは屈強とは程遠い。
 30分以上もうろついた挙げ句、ようやくレストランの入るブティックホテルが見つかった。これまでのレストランと違い、インテリアも食事も、ウェイターまで西洋フュージョンされている。もちろん値段もそれなりで、今回の旅行でミーナーカーリー(銅のエナメル細工)の次の高額出費だと思う。お客の姿はほとんどなく、中庭の噴水の音が心地いい。
 ルークもグレッグも早口で時々話には置き去りになったが、ようやく耳が慣れてきた頃のお別れは淋しい。
 「リリー、何歳だと思う?」
 突然の質問に、口に入れたチキンの煮込みを吹き出しそうになった。私のことを何歳だと思って聞いているのか? もしかしたら、リリーの年齢を聞くことで、私の年齢を割り出す戦法だろうか?
 「うーん、30代後半かな。40歳にはなっていないと思う。少なくとも私よりはずっと若いでしょ」
 リリーは美人だと思う。ツアーの後半は明らかに疲れが肌に出ていたが、彫りの深いエキゾチックな顔をしている。
 「イランって、整形大国って本当?」
 ルークがガイドブックのコラムを見せながら、リリーに聞いたことがある。
 「そうよ。私はしてないけどね」
 リリーの整形は何とも言えないが、イランの女性はとにかくメイクが濃く、ファンデべっとり、目元ばっちり、ルージュべったりというのがスタンダードになっている。ペルシア人が自覚しているように、イランの女性は分類すればアングロサクソンに近い彫りの深い顔立ちなので、濃い化粧がひときわ映える。そして日差しが強烈なわりにはほとんど日除けとなるものを身に付けていない。それもそのはず、日焼け止めの下地クリームは驚異のSP100! 
 「イランの女の人って、美人が多いよね?」
 チキンを飲み込んでから聞いてみる。
 「美人かもしれないけど、あの濃い化粧はちょっとなー」
 なんだかんだ言いながら、2人共しっかり現地の女性をチェックしていたらしい。これまで、旅行体験談か政治の話しくらいしていなかったので新鮮なテーマだった。そしてやっぱり最後は、イランの総評に尽きる。
 「テヘランは車が多くて空気が悪い。モノは安いけど無い。まあ、潜在性を秘めてる国ではあると思う」
 そういうグレッグは、リリーとドライバーにしきりにTシャツビジネスを勧めていた。彼の言う通り、イランではどこへ行っても“アイ❤イラン”とか“サラーム・イラン”といった、どこの観光地でも必ず売っているTシャツが一切見当たらなかったのだ。なぜかはわからない。
 
 エスファハーンでは車が故障してしまったおかげで、修理の間、ドライバーは仕事がないので一緒に観光地を歩いた。20代の彼もまたシーラーズの出身で、中古で買ったメルセデスのバンでツアー専門のドライバーをしていると話していた。彼の父親世代では日本に出稼ぎに行っていた人がわりといるので、自分もいつかは行ってみたいが、イランは海外に出ること自体が難しいそうだ。
 「イランをどう思う?やっぱり怖い国?」
 「ううん、全然違う。人がフレンドリーで驚いた。歴史も文化も独特で、食べ物も美味しいし、絶対にまた来たい国!」
 テヘランでスカーフを買おうとしたとき、ペルシア語が分からずに困っていたら、通りがかりの女性が英語で通訳してくれた。シャツを買おうと店に入ったら、隣りの店のおじさんが昔日本で働いていたとかで、おしゃべりをしながらお茶をふるまってくれた。ほかの街でも、いろんな人が人懐こく話しかけてきた。街を歩いていると髭をたくわえた男性ばかりで、しかも笑わないので陰鬱な印象を受けるが、考えてみればどこの国の人でもめったやたら笑いかけたら頭がおかしいか下心がある人だろう。
 イランに来たのは、世界で“ならず者”呼ばわりされているこの国の本当の姿をこの目で見たいとか、西の報道がいかにアメリカに操作されているかを確かめたいといった無責任に高い志があったわけではない。最初にも話したように、ただ破壊される前に、悠久の歴史に彩られたペルシアの遺跡を見たかっただけだ。
 「あなたの国のプロパガンダがどれほど強力かってことがわかったよ」
 最終日、ルークと2人だけになった私たちは、バラの街と呼ばれるカシャーンの観光に出た後、リリーたちにテヘランの空港まで送ってもらい2時間ほどおしゃべりをした。
 「だよね。俺も、散々な言われようしてるから、どんな国かと思ってたけど、平和な国で見方が変わったよ。ケンカしてるのは政治家レベルだけ」
 「いいビデオも教えてもらったよね」
 ジャイメがリリーを連れて買い物に奔走している間、チャイハネで一緒にまったりしていたドライバー君が、いきなりiPhoneで画像を見せてくれた。ちなみにイランではiPhoneが主流で、値段もオーストラリアと大差ない。ただし、平均年収が約1万6000USドルなので、かなりの高価な代物ということになる。
 
 『Don't go to Iran(イランへ行くな)』というそのビデオは、イランへ行った人にしかわからない、イランの魅力がぎっしり詰まっている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?