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秋-vol.1 福田花

セプテンバー

 街の匂いが金木犀に包まれる。風は一気に涼やかに、湿り気のあった8月が過ぎていった。青々としていた稲は金色の穂をたっぷりとつけて重たそうに首をかしげる。なんとなく空が高く、吸い込まれそうになる。寒くも暑くもない肌なじみのよい気温。太陽がギラつく夏のパキっとした鮮やかさから、なんとも力を緩めた光が差し込んで、からし色や臙脂、茶色を纏いたい季節になってきた。

 窓を開けて車に乗るのが何より好きだ。街の匂いを嗅いで、温度を感じる。風にあおられた髪の毛が口に入ってもいい。流れていく景色を見ながら次はどんな曲をかけようかと考える。ドライブに合った選曲をできるかどうか、助手席に座るものの腕の見せどころである。

 9月というだけで、竹内まりやの「September」を選んでしまう。山や林にいくらでも木があるけれど、この曲を聴くと、街中の道路に沿って綺麗に植えられる手入れの行き届いた街路樹を思う。そんな木々の、色づく前の葉っぱたちを前に、わたしの頭は曲に合わせてポッポと赤や黄色をつけていく。
 母が幼い私を車に乗せて「September」の入った竹内まりやのアルバムをよく流していた。オープンカーに乗って秋のこんな天気の中ドライブをして歌った“ない”思い出がある。うちにはオープンカーなんてなかった。
 キャッチーなメロディー、耳馴染みの良い声、歌詞カードを読まずとも覚えて、曲がなくとも口ずさんだり、カラオケで母と歌ったりした。

 7月頃にこの曲を思い出した。そうして今はドライブのお供として復活。久しぶりに聞いてもまだ空で歌えて驚いた。大人になってから初めて歌詞を読んで、なおのことこの曲が好きになった。漠然と覚えていた歌詞の中でも「クレヨン画」という言葉を強烈に覚えていた。幼い私が頭の中で作ったMVにもクレヨン画が出ていたことも思い出した。(そしてこの曲もまた松本隆の歌詞だった。何度目だろう。わたしも、おそらくごまんといる「え、この曲も松本隆が作詞!?」と一生を共にする人だ。)


 栃木県は一世帯における車保有台数が全国的にも多いらしい。電車は一時間に一本、駅数も少なく、バスも全然走ってない。会社へ行くにも、スーパーに行くにも、コンビニに行くにも、遊びに出かけるのもどこへ行くにも車なのだ。徒歩10分でも車で移動をするほど。そのため自ずと運転する人の数分の車が必要になる。友人たちの実家にも2台くらいはあった気がする。わたしの家もそうだった。しっかりと車社会である。
 そんなこの街で育った私にとって、音楽を聴く環境と言えば車の中だった。家にはCDやMDプレーヤーがあったけれど、きっとうろうろしていただろうし記憶は曖昧だ。車の中ならば、じっと音楽を聴くか寝るかだったのでよく覚えている(のだと思う)。これは、ウォークマンを買ってもらったり、自分でCDを借りたり買うようになる前の話。自発的に音楽を聴くようになると何もかもが変わる。

 世代的にケツメイシや嵐も聞いたけれど、サザンオールスターズやマイケルジャクソン、アバなどの父と母が昔から好きなアーティストを聞いていた思い出が強い。車の中はBluetoothもなくCDも数枚しか入らなかったので何度も同じアルバムを曲順通りに聴いた。いやでも覚えてしまうものだ。歌詞カードも読まず、耳から入る情報だけで脳みそに焼き付いていく。日本語なら幼くとも意味が分からずとも漠然と言葉の連なりとしてメロディーとともに歌詞を覚える。英語は適当なカタカナに当てはめて覚えていた。兄がこの英語詞に対して天才的だった。聞こえる音を日本語に当てはめた新しい歌詞を作り出し、家族間でブームを巻き起こしていた。

 車で聞いていた音楽が私の音楽の趣味に多少なりとも影響を与えているのは間違いない。今はサブスクとBluetoothでどんな場所でも好きな曲がすぐに聞ける。ウォークマンを手にしたりサブスクを始めたときに好きな曲がすぐに聞けることに感動したのは、こういう車の中で限られたアルバムを聴いていた記憶が強いからだと思う。とっても便利だ。しかし、“聞きたい曲があるのにそのアルバムを積んでないから聞けない”という経験や“一枚のアルバムを選ぶ悩ましさ”みたいなものがこれからはほとんどなくなっていくのは少し寂しい。CDを借りたり買ったりすることもほとんどなくなってしまった。便利になるといつもどこか寂しく感じる。(septemberの原田知世ver.を聞けたのはサブスクナイスと思った。)


 深まる秋に袖を伸ばして風を受け取る。季節を感じる曲を見つけて前に来た秋のことを少し思う。何度も繰り返しているはずの季節に毎回新しいワクワクを感じている。どの季節にも厳しい記憶がないからなのか、忘れてしまっているからなのか。夏が大好きな私でも秋にとってもほっとする。明日は何を着て、何を聴こうか。


 ちなみに…秋の車部門は September/竹内まりや ですが、もう少し深まった秋の全体部門は2年前にはちゃめちゃに聴いていた Patched Up/beabadoobee です。(写真も当時のもの。かなりPatched Up。)

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