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箱根に行きたくなってきた

 映画『ロマンス』を繰り返し見ている。初回限定版にくっついているメイキングやら舞台挨拶やらの特典映像を見てすっかりくらってしまい、立て続けに二回も見てしまった。最初に見たときはストーリーそのものはさほど響かなかったんだけれど(マジか)、見れば見るほど好きになっていく。大島優子さんがウルトラかわいい。もちろん大倉さんもハイパーかわいい。タナダ監督は美しい。作品のすべてが愛おしい。

 ほんで何度も何度も箱根の景勝地を見るもんだから、めちゃくちゃ箱根に行きたくなってきた。実際何度か行ったことはある。思えばわたしも、家族旅行で一番思い出深いのは箱根旅行だ。

 肺を患った父の、快気祝いだった。もとより出かけ好きな家族で、けれどももうわたしも弟もずいぶん大きくなっていたので家族そろっての旅行はしばらくぶりだった。実はわたしはそれまで箱根に行ったことがなくて、近隣の温泉地があんなにも立派であることも、山のなかを走る列車がスイッチバックで山登りをすることもそのときはじめて知った。

 スマホのなかのカメラロールを探して笑ってしまったんだけれど、わたしら家族が箱根旅行をしたのは2014年の秋と冬の間辺りで、どうやらちょうど映画の撮影をしていたあたりらしい。撮影隊に出くわした記憶はないので、きっと紙一重のところだったんだろう。なんだかうれしい偶然だ。

 映画に出てくる場所はほとんど行ったと思う。あのススキの道も歩いた。さわさわいう草のなかを歩いて、これはいったい何を見るものなんだろうとすっごく不思議だった。大涌谷の黒たまごも食べた。めちゃくちゃ恥ずかしい話だけれど、わたしも硫黄のにおい(正確には硫黄のにおいではない)が好きで、あのにおいを嗅いで「温泉来たって感じだわ~」とか言っていたと思う。母の実家が東北なこともあり、後生掛温泉によく行っていたのでなじみ深いにおいだったのだ。よく考えたら、肺を病んだ人間を連れていく場所ではない。

 わたしたちは大平台にある、小ぢんまりとした、しかし趣のある旅館に泊まった。旅館はずいぶん高台にあって、急な坂をかなり登った記憶がある。左肺を半分ほど切除した父は、取り込める酸素の量が減ったことにまだ慣れておらず、坂の途中で何度も膝に手を置いていた。今思えば、病み上がりの人間に対して鬼畜の所業だ。実際父も「俺ここで死ぬぞ。」と青い顔をしていたと思う。大丈夫、あなたはそのあと五年ほど生きるし、孫の顔も見るよ。

 年季の入った宿だったけれど、素晴らしく美しいところだった。女性だけに貸し出している色浴衣がかわいくて、温泉浴衣といえば白っちゃけた印刷で旅館やホテルの名前のパターンが入ったものしか知らなかったわたしは喜んだ。たしか、赤地に色とりどりの毬が描かれたのを選んだと思う。浴場は貸し切りの家族風呂で、四人そろってなんだか騒ぎながら温泉につかった。術後間もない父の左胸から背中に走る、黒い線が衝撃的だった。家族で一緒に風呂に入ったのは、あれが最後だったなあ。

 家族ではいろいろなところに旅行したけれど、大体いつも父の運転する車で海っぺりに行くことが多かったので、電車で山の中へ行ったのは新鮮だったためよく覚えている。四人での旅行はそれが最後だった。

 またきっと箱根に行きたい。のりもの好きの息子は、山中をジグザグに走る電車にきっと喜ぶはずだ。旦那は旅の工程なんかを決めるのが苦手なひとなので、行き先わたしの一存になるだろうから、映画の中に出てきたところをすべて回ろう。ススキの道を親子三人手をつないで歩き、富士山のふもとで「富士山ドーン」をやろう。必ず。