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読みながら描く

本の読める店fuzkue店主、阿久津隆さんの著書「本の読める場所を求めて
装画・挿絵を担当しました。アリヤマデザインストアでの装画打ち合わせの日の日記。

5月21日(木)
朝日出版の編集者、綾女さんから装画依頼のメールを頂いた。好きで読んでいた本を何冊も手掛けられている方だったので嬉しかった。デザイナーは有山達也さんと知り飛び上がる。

有山達也×イラストレーターといえばまず牧野伊三夫さんが思い浮かぶ、他にもミロコマチコさんやワタナベケンイチさんなど特定の方と何度もタッグを組んでいる。僕に依頼が来るというのは変化球に思えて、一体どこで知ってもらえたのだろうとドキドキした。
早速ゲラが添付されていたので読み始める。fuzkue(フヅクエ)というお店を説明する「ご案内とメニュー」を読んだだけでもう面白い。お店の仕組みと斬新な料金システムに良いな〜と笑ってしまった。全部読んで概要を掴んで絵を描くよりも読んでは描いての繰り返しでのらりくらりと進めたい気持ちになる。酔える本だ。こんな絵を描こうというよりもどんな絵が出てくるかなと探りながらの制作となった。著者の阿久津さんの突然の妄想や熱いメッセージの入り混じる文章に大きく影響された。音楽の仕事の時は曲を流し続けながら描く事があるけど、文章を常に意識しながら描くのは初めての体験だった。
同時に有山さんの著書「装幀のなかの絵」も読んだ。主にアートディレクションの話がメインだが、絵を描くときの秘密のスパイスと言えそうな技術に言及されているところにドキドキしながら吸い込まれてしまった。僕は有山さん自身が描く装画も大好きだ。

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5月29日(金)
緊急事態宣言がひとまず解除され、小伝馬町のアリヤマデザインストアで打ち合わせとなった。
絵の方向性については前日にメールで少し説明を受けるまでは何も聞かされていなかったが、すでにゲラを読んでいたので見切り発車でドローイングを40点ほど描いて持参することにした。原画を直接見ながらの打ち合わせもそうあるものでは無いし、有山さんの著書を読んでますます見てもらわなければという気持ちになっていた。
2ヶ月ぶりに乗った電車内はがらがらで自分は電車に乗るのが好きだったという事を思い出す。(満員電車が苦手なだけだった)
電車内で何度もスケッチブックを見返したい衝動にかられたがマルマンのクロッキーブックLサイズはカバンにピッタリ入っていて取り出し辛く、見返したところで加筆出来るものでも無い。
諦めてゲラを読んでいた。

馬喰横山についてそこから徒歩。ちょうどその時、空にブルーインパルスが飛んでいた。
ビルの2階の事務所はドアが全て開け放たれ、すぐに僕の存在に気付いてくれたスタッフの方が打ち合わせは3階ですと案内して下さった。

打ち合わせスペースには有山さんがデザインした書籍がぎっしりと入った本棚があった。装飾ガラスの壁面が素敵だった。壁に掛けられた写真にも目を奪われたが、さっさとカバンのスケッチブックと作品集を取り出しそわそわしながらソファに腰掛けた。

お茶を出され、今思うとすぐに飲めば良かったのだが打合せ中はずっとマスクをしていて完全に飲むタイミングを逸してしまった。
編集者の綾女さんと仁科さん、デザイナーの有山さんと山本さんが合流して打ち合わせが始まった。
名刺を忘れた事に気が付いたが有山さん達は気にされている様子は無かった。
僕はスケッチブックを見せ始めた。

前半はペンを滑らせているだけの準備体操のようなドローイングだった。
本に没入している時の酩酊状態に近づけないかなと思って描いていた。阿久津さんの文章はフラフラっと気持ち良い余韻が長く続く。
段々と読書している人をイメージをするようになってきた。読書って側から見たら眼球が動いているだけだなとか思って眼球運動の図を描きとめたりした。本を読む場所を求めて彷徨い歩く著者の絵など。沈黙の中全て見せた。緊張がピークでどんな説明をしたかあまり覚えていない。
有山さんが僕はこのまま描いてもらえればいいと思います。伸び伸び描いて下さい。とだけおっしゃって打ち合わせが終わりそうになった。

納品の方法などいくつか質問して原画のスケッチブックを郵送するという事になった。郵送する理由はドローイングで微妙な色を多用しているため。蛍光色のテープやメタルカラーの紙を貼り付けたりした色の再現が難しい絵が多かった。

最後に「どちらで僕を知って頂けたのでしょうか」と気になっていた事を訊ねた。
答えは「イラストレーションファイル2020を見て」との事だった。
イラストレーションファイルは今年で掲載5回目、2019年号から掲載する仕事の内容を大きく変えていた。2016〜2018は反響が大きかった仕事を載せていたが、2019からはどんな仕事をしていきたいのかという選び方に変えた。そうすると全てへきちの仕事を選ぶという結果になった。今年は巻頭企画にも参加させてもらい自発的な制作の重要性を強調していた。これはとても個人的な問題だと思っていたけど5月に大島依提亜さん、有山達也さんと立て続けに良いリアクションを頂けて嬉しかった。

打ち合わせ後、装画の方向性として僕の作品の中から選ばれたのがコラージュ作品だったことと文章の情報量を多層的に表現する手段を考えた結果、コラージュの手法でその先を進めてみることにした。結果的にカバーには打ち合わせ後に制作したカットが採用された。
今回描いた絵はセレクトせずに65点全て送った。沢山絵を渡してデザインは全てお任せするというのはへきちでもいつもやる進め方だ。とはいえ自分で何となくこれが表紙かなというカットはあって、デザインデータが送られて来て意外なチョイスに一瞬補正が効かなくなるという瞬間がある。カバーデザインはまるで本に直接描き込みをしたようなレイヤー感になっていて、原稿を読んでは途中で絵を描いたりしていた僕はドキリとした。ゲラの横に紙を置いてサラサラ〜てな具合でメモを取っていた気分がそのまま写し取られてしまった様に思えたのだ。章タイトルと挿絵の重ね方にも震えたので読みながら浸って楽しんで頂けたらと思っています。

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いや〜楽しかった!最高!!
もう一回読も!
(田渕)

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