ポートベロー、親切な黒人

駅を降りるとそこには若者を中心とした群衆が溢れかえっていた。竹下通りや神戸元町のように細い道の両サイドにお土産の出店やビンテージの古着屋が並び、人々は止まっては進み前から後ろからとイギリスに上陸してから一番の人口密度だった。彼は慣れた歩調で通行人の間をかいくぐり、通りゆく店達を丁寧に紹介してくれた。僕は見たい店をいくつか見つけたが彼は先々と前に進んだ。
高架下に小さなジムがあり、彼はそこに通うのが日課だと言った。彼は迷いなくそのジムに入り、流れで僕も入店した。受付は黒人の男性で突然のアジア人客の到来に少し戸惑ったのか数秒僕をじっと見たが、やがて彼と何やら英語で会話し始めた。おそらく彼は僕と駅で会いここまで案内したことを話しているようだった。僕は青色の壁紙で統一された店内を見渡し、目を合わせないようにその仲間の黒人や事務の女性の顔を見たりして彼が話し終えるのを待っていた。数分するとまた彼は僕を引き連れ歩き出した。

やがて大通りとウエストラインが交差する広い場所に僕たちはたどり着き、彼は足を止め僕を見た。

「この通りはポートベロー通りと言ってな、欲しいものが何でも揃ってる。ウェストフィールドまでなんかよりずっと種類も多いし、何より安い。穴場だよ、穴場。物を買わなくても歩いてるだけで楽しいからゆっくり見物してみな。俺はそろそろジムに引き返すとするよ。なぁ、今ペンと何か書くものあるか?」
僕は持っていたボールペンとノートの切れ端を渡した。彼はそこに電話番号を書き、僕に渡した。
「何かあったらここにかけてくれ。俺はいつでも暇だしどうせジムに行くくらいしかやることはないんだ。困ったことがありゃいつでもここに来い。」
彼はそういうとあっさりジムの方へ引きかえしてしまった。外国での出会いと別れというのはえらくさっぱりしているらしい。彼は見知らぬ僕に何の利益があるわけでもないのにポートベロー通りまで案内し、電話番号も教えてくれた。最初は黒人という存在に対し無意識に距離を取っていたが、彼が僕にしたことは生涯黒人の印象をいいものとするのに十分だった。外国人に対する自信のような、明るい何かが湧き上がってきた。駅のホームで1人立っている旅人をみつけ、ジムに行くついでに観光客を案内してやろうという考えが国民に備わっているなら、きっとこの先もなんとかなるだろう。
別れ際に撮ったセルフィーを両親に送ると、僕が子供の時みたいな笑顔をしているという返信が返ってきた。意識していなかったが、確かに僕の表情は幾分柔らかくて自然だった。