リアル謎解き脱出ゲーム

4月18日木曜日。学校のイベントで「謎解き脱出ゲーム」をした。「BREAKOUT GAMES 」という名前の店で港の一角に構えている。イベントの主催者はよくこんな微妙なものを見つけてきたものだ。参加するメンバーはアブス、レオ、ジュジー、アリシア、そして付き添いの教師としてラジェシだった。ラジェシがいるだけで僕の心はいくらか軽くなった。

アリシアは3週目の授業から入学してきたミラノ出身の27歳だった。彼女はジュジーの親戚で、二人が話すときはイタリア語で会話した。本物のイタリア語を聞いたときは、それが僕にとっての日本語というだけなのに自在に操る姿に憧れを持った。日本語もこう見えるのだろうか?最初に彼女を休憩室で見た時また学校に来る楽しみが一つ増えたと思った。生地の薄そうな黒いダウンとジーパンという見窄らしい姿に、黒縁メガネの黒髪、背丈は158センチほどと僕が第一印象にまず良いイメージを持つタイプだった。クラスは一つ上の上級だった。最初は僕と同じくらい話せないものかと思ったが、耳を傾けていると彼女の方が格段話せることは分かった。イタリア訛りのチャーミングな発音が彼女の好感度をぐっと上げた。forはフォーラと、全てのイタリア人がそう言うように伸ばす部分のRを発音した。彼女ほど英語が話せる若者でもイ母国語のイタリア語を隠すことはできないのだ。アリシアに「君もこの後ゲームに行くの?」と聞くと「シュアー(ショー)」とその凛々しい眉毛をなびかせて言った。僕はまだ彼女に質問しそれがまず伝わり、返答があることに喜びを感じた。

店舗はアバディーン駅横のショッピングセンター・ユニオンスクエアを抜け海沿いに歩いて10分くらいの場所にあった。レオが店先の看板にあるチョークアートを色々な角度から撮った。確かにそのアートはデジタルソフトで作ったようにカラフルで繊細だった。外国とワインボトルと蛇と足跡の絵が描かれていた。レオはいつもクールで笑顔を見せることも少ない故に、こうチョークアートの写真を熱心に撮るだけで愛らしさを意図せず感じさせるようなミステリアスな雰囲気がある。ラジェシが先に入るも僕らがあまりにも店の外見に見惚れ入ってこないためにその長い首を伸ばして待っていた。

手続きが終わると僕らは何も聞かされないまま奥の小さな部屋に連れ込まれ鍵を掛けられた。モニターの30分のカウントダウンが動き出した。僕は日本語ならこんなこと率先してやるのにと思った。手順が書かれたヒント用紙をアリシアとラジェシが先に読んでしまい、僕は彼らの動きを真似てヒントを探すふりをした。

6畳ほどの小さな部屋の中にもヒントを隠すための小道具が敷き詰められていた。本やタンス、物置やよくわからない雑貨などいかにも怪しい場所に怪しいものが置かれているのだ。ジュジーも僕より英語には精通しているので、アリシアと共同してヒントを掴んで行った。分厚い辞書の中に鍵が隠されいていたり、解読した暗号の番号を南京錠に入力すると外れたりした。僕はいかにも戦力の一つであるように真剣に小道具をチェックした。レオは僕よりも英語ができないはずなのに誰よりも機転の効いた行動を取り、メンバーからも信頼されていた。ラジェシはもちろん朝飯前だろうが、場を盛り上げるためかあまりヒントを解読しなかった。しかしカウントダウンが残り10分を切ってもヒントを熱心に読む様子から、英語が読めても単純に謎解きができていないだけだと分かった。

いくつかの謎を残したままカウントダウンが10秒を切った。そのときはもう誰もが諦めていた。脱出ゲームを初めて体感したが少々作り物感がありムードに入り込めるほどの童心が僕にはなかった。