もう二度と会うことはできない

時計を見ると夜の11時近くだった。明日は朝から授業なのにこれほど遅くまでいるとは思わなかった。

ミュージックホールを出てユニオンストリート沿いに真っ直ぐ帰った。頭の中はベルギーの彼女でいっぱいだった。もう彼女と会うことはこの先ないだろう。電話番号もフェイスブックもインスタグラムも知らない。名前さえ知らないのだ。アバディーン図書館に行けばいつかは会えるだろうか?あんな広い敷地の中で偶然に?

メランコリックな音楽が聴きたかった。すぐ頭に浮かんだのはテイラースイフトのNever grow upだった。その次にmean、22、mine、昔からよく聞いていた懐かしい曲を流していった。とにかく何かを聴いていたかった。

これからの人生で一度も会うことがない本当の一期一会というのは実際に体感してみると限りなく恐ろしいものだ。僕には彼女を探し出すツテが一つもない。仮に日本の大学で大講義室の中に1人気になる女性を見つけたり、電車で向かい合わせに座った女性を気になったとしてもその人はある程度決まった範囲で動いているだろうから長い目で見ると再会するチャンスはある。しかしスコットランドでベルギーの女性と舞踊館で会ったとしたら?次に開かれるケルト音楽イベントがすぐにあればそこで会うことはできるかもしれないがそんなスケジュールはない。それに僕は2週間後にデンマークに旅立つ。なぜ連絡先を聞かなかったのだろう。

家に帰ってもそのもやは消えなかった。ロンドンで買った小さなメモ帳に今日の記憶を忘れないように英語で綴った。そんなことをしても彼女にまた会えることはないのに。

電気を消して布団を被っても彼女と手を合わせて踊った風景がありありと浮かび上がった。あれだけ小柄な見た目なのに髪型は欧米人が皆そうするように前髪をかきあげカールした赤オレンジの長髪をなびかせていた。彼女の身長がもし10センチ高ければこれほど親近感を抱くこともなかったはずだ。誰も助けてくれる人はいない。フェイスブックで検索しようとも思ったが苗字すら知らないからどうしようもない。僕はただ現実を受け入れて寝るしかないのだ。彼女は僕のことを想うだろうか?