イギリスの料理がまずいわけじゃない

昨晩キッチンメイトのフランス人女性から譲り受けた白米を炊いてみることにした。鍋に適当な量の米を入れ水を入れた。4,5回揉み解すと濁っていた水が透明になってきたので蓋をしてIHの上に置いた。

ここのIHはややこしいつくりをしていた。四つの場所があるのだが、どのスイッチがどこに対応しているのか分からなかった。また強火と弱火のサインがまるでないことも僕を困らせた。弱火でも強火でも見た目は少し赤く点滅するだけであり、面に触ってみても特に違いは見られない。昨日の晩に彼女に聞いておくべきだった。

並行してフライパンにジャガイモとミートボールと卵を入れた。食べるのは何でもよかった。ただ塩分の効いた、食べたと思い出せるような味なら何を食べてもここでは大差ない。イギリスのサンドイッチやパンにはまるで味がない。チーズ、卵、チキン、ツナ。どれを食べても同じ味がするのだ。怖いのはそれに対し誰も文句を言わないところだ。それが普通と考えられている。日本食をうまいという外国人観光客はそれまでの数十年間にこのようなサンドイッチやシリアルを平気で食べ続けてきたのだ。

イギリスの料理はまずいと誰もが言う。僕がイギリスへ留学に行くと言った時も友人は口を揃えてご飯がまずいんでしょうと言った。

イギリスの料理がまずいというのは語弊がある。彼らは味にこだわらないだけだ。フィッシュ&チップスは美味しかった。イギリスの料理がまずいという考えがフィッシュ&チップスすらそう思わせるのならそれは一度食べるしかない。日本でもアイリッシュ・バーなんかでわりに本格的なものを食べることができる。

しかし問題はスーパーやコンビニに売っている大量生産された食品だ。これらは無個性極まりなく、食べ続けると食の感覚が狂ってしまう。日本のスーパーに行くと大型飲食チェーンとほとんど変わらない唐揚げや焼きそば、焼き鳥や寿司、弁当といった惣菜が置いてある。しかしイギリスにはそんなものは存在せず、すぐに食べられるものといえばサンドイッチかパンくらいだ。まるでペットや家畜のようだ。

犬は毎日決まった時間に出される魚介風味のドッグフードを食べる。それは減った腹を満たすという生きるために必要な行為でしかない。このサンドイッチも同じだ。とにかく£2で腹をそこそこに満足させるには選択肢がないのだ。£2で美味しいものを食べようとは思わない。食べる前からその味はわかっている。

そう思うとイギリスの人は自炊をする割合が日本よりも高いことになる。日本のように会社帰りにすぐ食べることができる弁当なんかは置いていない。晩飯にサンドイッチを食べるわけにもいかない。それにそのサンドイッチは昼に食べたはずだ。

鍋から湯気が立ち上り漏れ出るぴいという音が米が炊けたことを知らせた。米のかさは蓋を開ける前の3倍に膨れ上がっていた。そこが少し焦げている。思ったより水分を必要とするみたいだ。

見た目はどうしてもレタスの裏についている芋虫に見えるのだが、味はなかなか悪くなかった。何より炊き立てのご飯がこれほどおいしいと感じたことはなかった。鍋にあるだけの米を全て独占できるなんて夢のようだ。

ミートボールは僕がこれまでに買ったどのイギリスの生鮮食品よりも美味しかった。塩をふんだんに加えたことでからすぎるくらいではあったが、それは僕が何よりも求めていたことだ。自炊をする前は前後の拘束時間を考えると気が乗らないが、自分のさじ加減で味を変えられる最大の利点をいつも後になって思い知らされる。

白米、ミートボール、じゃがいも、卵を連続することがないように貪った。ミートボールが喉を通ると同時に白米が口に運ばれた。口の中で次々と味が混じり合った。調理時間に対し数分で目の前の料理は胃の中に消えた。早く食べすぎたせいで後になって気分が悪くなった。間髪入れずに腰を上げ食器を洗い棚にかけた。休んでいる間に後ろのドアがぎいとなり誰かが入ってくることを恐れたからた。結局誰も入っては来なかった。部屋に戻りシャワーを浴び夜の11時には眠りについた。