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終わらない夏休み

定期テストが終わり、高校1年の夏休みに入る直前、少年の覚悟はすでに決まっていました。

「2度と、あの学校には行かない!」

9月になっても学校に行かないという決心は、7月の中旬にはすでに固めていたのです。

なので、みんなが夏休み中に補習授業に通う中、少年だけは悠長に遊び続けました。1学期の復習もせず、夏休みの宿題にも一切手をつけず、ひたすらにゲームに没頭します。

これが少年の持つ特殊能力「好きこそ物の上手なれ(マスター・オブ・ザ・ゲーム)」の正体でした!

最初にクリア条件を設定したあとは、わき目も振らず目標地点に全力疾走する。目的にそぐわない行動は容赦なく排除しながら走り続ける。食事を忘れ、睡眠を削り、最低限の栄養摂取と生活維持のみにエネルギーを使い、余力は全てゲームクリアのために使います。

異常なまでの集中力!そして、分析能力と排除能力!

通常、そんな風な進み方はしませんし、人はそのようにはできていません。並の人間はここまで心を鬼にできないのです。

普通の人はどう考えるか?

たとえば、勉強であれば、「それなりに遊んだり、恋人を作ったり、テレビを見たり、夕食を楽しんだりしながら片手間で勉強もこなす」という形になるはず。

もちんろん、人間形成においてそれらの行為は全て必要です。けれども、「目的到達のため」には?「最短時間、最短ルートでゲームをクリアするため」には?

それら一切合切が無駄な行為であり、ノイズであるのです!


勉強だけではありません。仕事であろうが、趣味や遊びであろうが、少年が「ゲームである」と認識した対象は、全て同じようにクリアしてしまうのでした。

必要な能力を短期間で習得し、瞬く間にその環境でトップレベルにまで到達する。天が少年に与えた特殊能力は、この年齢からすでに発現していたのです。

もっとも、この物語を最初から読んでいるみなさんは、もうご存知ですよね?

そして、この時の少年の目的は「世界最高の作家になること」

クリア条件を設定したあと、「マスター・オブ・ザ・ゲーム」は、少年に大好きなゲームを浴びるほどプレイすることを命じました。一見すると、遠回りに思えるこの行為が、作家としては(実は人としても…)確かに最短ルートであったのです。


数学の目的をご存知でしょうか?なぜ、人は学校で数学を学ぶのか?

それは「理論的思考を身につけるため」なのです。少なくとも、名目上は。あるいは「本来の目的は」と言い換えた方がいいかもしれません。

本来、数学は理論的思考を身につけるために学ぶもの。今や、その目的は形骸化し、受験勉強の一環となり下がっているかもしれません。(特に数学を苦手とする)多くの人たちが、この目的を理解していません。

ただ公式を覚えたり、小手先のテクニックでテストの点数を稼いだりしている者の実に多いこと!多いこと!

少年はこのコトを理解していました。なので、しかるべき環境で、ゆとりをもって勉学に励むことができたなら、おそらく数学にも興味を示し、ゲーム化して、楽しく問題を解くことができたでしょう。あるいは、数学者かそれに近い道を目指していた可能性さえあります。

けれども、不幸なことに周りの環境がそれを許しませんでした。数学も物理も化学も歴史も英語も古文も漢文も、みんなみんな受験のための手段に過ぎず、「いかにテストで高い点数を取るか?」に特化されていたのです!

少なくとも、少年の母親はそう考えていました。学校の先生の中には、受験勉強のかたわらにとはいえ「数学や歴史のおもしろさを子供たちに伝えよう!」としていた人もいたというのに!


では、少年はどうしたか?

「数学は理論的思考を身につけるために学ぶものである」と知りつつ、その道を自ら断ってしまい、彼は理論的思考を身につけようとしなかったのか?

否!断じて否!

なんと、少年はゲームを通じて、それを手に入れようとしたのです!


ゲーム!

それは意外に思われるかもしれませんが、「人間の能力」を上げてくれるのに役に立ちます。少年は直感的にそれを知っていました。作家として人として成長するために、ゲームは必要不可欠なモノであると。

ある時は市長となり、街の住人たちのニーズを満たすために奮闘しました。治安が悪化すれば警察署をいくつも建てて犯罪を減らします。消防署や公園やアミューズメントパークも要ります。鉄道や道路も敷かねばなりません。発電所がなければ、電気も使えません。人口問題・公害問題・地震・台風・津波などなど、対処しなければならない問題は数多くありました。

ある時は、神となり惑星改造(テラフォーミング)を行いました。星の気温を上げ、上がり過ぎれば今度は気温を下げ。氷を水に変えて、生物の発生条件を整えます。空気の割合を調整し、生き物の進化を促進させます。

ある時は、アリとなり、外敵から女王アリを守り、エサを巣に運んでは兵隊アリを育てました。時が来て、ライバルのアリの巣を襲撃し、領土を拡張します。

またある時は、競走馬のオーナーとなり、馬を育てます。馬はエサをやり過ぎると太り過ぎてスピードが遅くなります。かといって、運動させ過ぎると、今度は体重が減り過ぎて体力がなくなり、故障もしやすくなります。食べさせ過ぎず訓練させ過ぎず、バランス感覚が重要でした。

そんな風にして、少年はロボットのパイロットになったり、恐竜になったり、父や母になって子供を育てたり、世界を救う勇者になったり、家を建築したり、恋人を作ったりして過ごしました。

全部全部ゲームで学び、ゲームから教わったことでした!


ちょっぴり先のお話もし過ぎちゃいましたね。

時計の針を元に戻しましょう。少年が高校1年生の夏休みを満喫していたところまででしたね?

周りの生徒たちが勉強で忙しくしていた頃、少年はゲームに没頭し、様々な能力を身につけている最中でした。当然、夏休み全部を使っても、これらのゲーム全てをクリアすることはできません。まだまだ時間は必要でした。

予定通り、みんなが新学期になって登校する日になっても、少年は家を出ませんでした。それどころか、布団から抜け出すことすらありませんでした。

少年にとって8月31日の次は、8月32日だったのです。

noteの世界で輝いている才能ある人たちや一生懸命努力している人たちに再分配します。