見出し画像

【赤い炎とカタリのこびと】#01 ラスト・クリスマス・イブ

 去年のクリスマス・イブのことでした。
 北極にあるサンタクロースの家ではこびとたちがいつになく大慌てで子供たちへのプレゼントの準備をしていました。
 というのも、この年はサンタクロースの配るプレザントを作るこびとたちの長が北極を留守にしていて、全てのプレゼントの元になる、「よいこの証明書」を作る長がいないおかげで、他のこびとたちが代わりにその証明書を作らなければならなかったからです。

「ふう」
 ひとりのこびとが深い深いため息をつきました。こびと達の中で二番目に偉い、校正のこびとでした。書き上がった「よいこの証明書」に間違いがないようチェックするのが仕事です。今年はあちこち直さなければいけないところだらけ。胃がキリキリと痛みました。

 一文字一文字、文字を追いながら確認します。天井まで届く辞書や辞典の山と引き比べて、朱色の線と文字を注意深く入れ終わると、小さな、とても小さなハンコを隅に押しました。自分が確認したことの印です。「できた」と小さく言って、「申請箱」と呼ばれる箱に入れました。出来上がった証明書は、ここでこびとたちにも分からない不思議な何かーー神さま、と言ってもいいかもしれませんーーが、その証明書に赤い承認のハンコを押してくれるのを待つのです。

「早くしろ!」
こびとのおもちゃ工場の工場長が大声を上げます。承認された証明書のいくつかはおもちゃの設計図に変わりました。ランプが赤く灯って、ベルトコンベアが勢いよく回ります。スパナや、トンカチを握ったこびとたちも大急ぎ。
「つまみ食いは禁止だ!」
お菓子工場の工場長も叫びます。レシピに変わった証明書はここの担当。大きなオーブンの下では火がごうごう。ボウルの中で泡立て器がかちゃかちゃ。粉砂糖がそこらじゅうで舞って、まるで吹雪みたいでした。

『緊急事態』
突然、聞いたこともないようなブザーが鳴って、天井にある電光掲示板が光りました。電灯が点滅します。こびとたちが驚いて、自分の持ち場を調べました。おもちゃ工場のこびとたちはコンベアを、お菓子工場のこびとたちはオーブンを。どこにも異常はありません。

「あそこだ!」
ひとりのこびとが指を指して叫びました。工場が見渡せる高い位置にあるポツンとある部屋、校正のこびとのいる執務室です。執務室にある申請箱から、もうもうと黒い煙が吹き出していました。

「なんだ?」
 下の騒ぎに気づいた校正のこびとが顔を上げました。途端に血の気が引けました。部屋が真っ黒い煙に覆われています。
「嘘でしょ」
 立ち上がって、申請箱に駆け寄りました。何が起こったのか、校正のこびとには察しがついていました。今までこんなことが起きたことはありません。でも、こびとの長に聞かされていたのです。
「間に合え!」
 申請箱の入れ口に腕を突っ込みました。煙が出ているのに、不思議と熱くはありませんでした。中から証明書の束を取り出して、床に放り投げました。どれもこれも「承認」のハンコが赤く光っています。そしてゆっくりと燃えながら、設計図やレシピ、それぞれの子どもたちの願いごとに形を変えようとしていました。
「違う。違う。違う」
 床に次々証明書がばら撒かれます。掴んでは投げ、掴んでは投げ、そしてまた掴んで投げようとした証明書を見て校正のこびとが叫びました。
「あった!」
 黒い煙の出ている証明書。急いで床に広げると、「否認」の黒いハンコが見えました。そして、他の証明書と同じように、燃えるように消えているところでした。
「早く!」
 証明書を掴んで、転がるように自分の机に走ります。机の上に広げ直している間にも証明書がどんどん消えていくのがわかりました。がくがく震える手で赤鉛筆を手にとり、目に見える4つの数字ーーもはやそれぐらいしか文字は残っていませんでしたーーの上に二重線を引き、数字を書き足しました。すぐに赤鉛筆を放り投げ、今度はあの小さなハンコを、まだ消え残っている部分に強く押し付け、ぎゅっと両目をつぶって、泣き出しそうな声で言いました。
「お願いします!」

 全ての電灯が消えて、また点きました。ブザーが鳴り止んで、電光掲示板の表示も消えました。

「大急ぎだ!」
 働き者のおもちゃ工場の工場長が叫びました。工場のこびとたちが我に返って働き始めました。何しろ時間がないのです。夜明けまでに世界中のこどもたちのプレゼントを用意しなくてはなりません。

 執務室では、まだ校正のこびとがハンコを握ったまま目をつぶっていました。おそるおそる目を開けると、燃え残りの証明書から「否認」のハンコがいつの間にか消えていました。
「間に合った……」
 溢れた言葉と一緒に心臓まで飛び出てしまいそうでした。身体の力が抜けていくのがわかります。
「……でも、どうしよう……」
 どさり。疲労と安堵で校正のこびとが倒れ込むのを、工場のこびとたちは誰も気が付きませんでした。

「赤い炎とカタリのこびと」No.01

このおはなしは、12月の1日から25日まで毎日続く、おはなしのアドベントカレンダーです。

目次
01. ラスト・クリスマス・イブ
02. 大あわてのサンタクロース