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ショートショート 朝と夜

日の出前から寝床を抜け出す。
手帳を確認する。一瞬信じられないような顔をする。
暗く冷たい街を彷徨う。
昨日の大騒ぎの残り香を嗅ぐ。騒ぎながら駅に向かう人たち。
法定速度を無視した車が、朝日を恐れるように駆け抜けていく。
街路樹に鈴鳴りになった小鳥たちがまだ眠っている。
寒さに耐えかねて、何匹かが熟れすぎた果物のように落ちている。
川縁を歩く頃には空が切ないほど赤く焼ける。身を隠す夜が終わる。
全ての善きものが動き出す前に、逃げるように穴蔵に戻る。
窓から日が昇るのが見える。
ビルを木を人を容赦なく光が射抜く。
射抜かれたものをただ書きうつす。悪魔のように冷酷。
側の手帳に言伝を書く。「言われるがまま自分を手渡してはいけない。」

帰る頃には日がとうに暮れている。
冷蔵庫に用意されたものを、用意されるがままに温めて食べる。
ラジオを聴き、音楽を聴き、雑誌を手に取る。
言われるがままのことが、言われるがままに、確かにあったような気がする。
いつかはわからないけど、でも、いつか。
窓の外は暗く、静まり返って、月すら遠くにある。
カバンの奥の手帳を取り出す。言伝を見て苦笑いする。今日のタスクに線をひく。
今の自分に感謝する。手帳の隅に言伝を書く。「悲しみのままに世界を壊してはいけない。」明日がちゃんと来ますように。
睡魔が甘く囁く。手を引かれるままに眠りに落ちる。天使の如く白痴。

ショートショート No.171

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