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ショートショート たまには、お茶を

ねこがねずみの巣穴の前に、ずるずると机を引っ張ってきて、言いました。
「一緒にお茶でもどうだい? たまにはさ。」
「そんなこと言って。」
小さな巣穴から、ほんの少しだけ鼻をのぞかせながら、ねずみが言いました。
「お茶のお菓子はぼくなんだろ。おやつ代わりにぱくりと食べちゃうつもりなんだ。」
「そんなことないさ。」
ねこは紅茶をそそぎます。湯気が出て、いい香り。ふたつのカップにいっぱいにして、一つをねずみの巣穴の前に置きました。

ちょっとだけ出ていたねずみの鼻がひくひくと動きます。
「いいにおいだね。」
「だろ? とっておきの紅茶だからね。」
ちょっと飲んでみたいかも。ねずみは思いました。でも。いかんいかん。どんな罠があるかわかりません。
「さては毒が入っているな。」
きっぱりと強い口調で言いました。
「お前が先に飲んだら、飲んでやるよ。」
「困ったな。」
ねこのまゆの毛が下がりました。
「僕はねこ舌だからなあ……。しょうがない。茶菓子の準備をするよ。」
『茶菓子』と聞いてねずみのしっぽが思わずピンと立ちました。
「ぼくは茶菓子にはならないからな。」

ずるずると、今度はねこがお皿を持ってやってきました。
「チーズケーキを焼いたんだ。」
「チーズ!」
ねずみのしっぽがまたピンと立ちました。
「で、でも騙されないぞ! 夢中で食べていると、中に毒が入っていて。」
ねこが呆れ顔で巣穴に近づきました。
「君はつくづく、毒が好きなんだなあ。」

ひい、とも、ひゃあ、ともつかない声がして、ちょっと出ていたねずみの鼻が引っ込みました。それからととととと、壁の中を走っていく音。壁を伝って、天井の上までよじ登って、それから真っ暗闇で、ふうとため息をついてから、天を仰いでねずみは言いました。
「チーズケーキ、食べたかったなあ……。」

ショートショート No.172

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