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ショートショート 芥村(ショートショート100 No.1「邪悪」764文字)

 今じゃ芥村っつうけれど、昔この辺りは悪田村っつった。「塵芥」じゃねえんだ。「邪悪な、田んぼ」だ。

 この辺は、土地が川面よりも低いところにあるもんだから、一回川の水が溢れりゃ水浸しになる。水捌けも悪い。せっかく植えた稲もすっかり水をかぶっちまう。
 で、村人たちは考えた。丈夫な、けして崩れない堤を築こうってな。村の坊主に相談に行って、坊主が都の偉い坊主に相談に行って、都から、尊いお坊様がやってきた。

「私が村を救いましょう」とそのお坊様は仰った。そして、大きな壺を用意させた。工事中の堤の根元に埋め込んで、自ら、その壺の中に入りなすった。人柱だ。けして崩れない堤を築くためのな。

 お坊様は壺の中で座禅を組んだ。静かだった。何日間はそれで持った。だがなあ、7日目の朝にな、思ってしまったんだ。「怖い」ってな。「死にたくない。ここから出たい。」

 多分、本当に偉いお坊様だったんだろう。天が味方した。雨が、降ったんだ。大雨だ。川の水が溢れて、堤が崩れた。あっという間だ。村は水浸し。たくさん死んだ。崩れた堤から壺と、がりがりに痩せたお坊様が転がり出たな。

 お坊様は号泣した。叫ぶばかりで涙は出なかったけどな。自分のせいで人が死んだんだ。自分が、聖になりきれなかったせいでな。叫んで叫んで声も枯れ果てたとき、喉の奥から何やら黒い、泥のようなものを吐き出した。吐いても吐いても出てきた。水浸しの村がその泥でいっぱいになるほどだ。

 つまりな、ここの黒い土は、その時のお坊様の吐いた泥だって話だ。お坊様がな、けして自分では認めたくなかった煩悩だ。邪な気持ち。邪悪な心だな。邪悪な泥でできた田んぼだから、悪田村。今じゃ立派な米どころだ。
 変じゃねえよ。多分な。ちょっとぐらい、ちゃんと邪でいられた方がうまく生きられるんだ。米も、人もな。

ショートショート No.251

NNさんの企画「100のシリーズ」に参加しています。
私はショートショート100です。ショートショートで100のお題に答えます。
1つ目のお題は「邪悪」。次は「SNS」ですが、多分41番めの「岐阜県関市」で書くと思います。よろしくお願いいたします。

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