ショートショート 黄色い目をしたあれ
冬になると、夜にカーテンの隙間から黄色い目をしたあれがよくこちらを覗くようになる。カーテンと窓の隙間は寒いだろうに。
「こっちに来る?」
と聞いても首をふる。暗いところが好きらしい。放っておく。
そいつは、湯気が好きだ。シチューなんかを鍋にかけるとすぐ足元に寄ってくる。コーヒーを淹れるのにお湯を沸かす時もそう。猫のように体をすりつけてくるわけでもないが、かすかに足元に気配を感じる。少しくすぐったい。
最初のうちは鍋の分け前が欲しいのかとも思っていたが、どうも好きなのは湯気そのもののようで、湯の入ったケトルを台所においたままにしておくと、お湯がすっかり冷めるまで飽きもせず眺めている。
どうして夏の間は姿を見せないのか、よくわからない。どこかに行っているのだろうか。とにかく、寒さが増すほど、はっきりとした形をとるようになり、そのうちカーテンの隙間から這い出して、食器棚の影、襖の奥、靴箱の中と色々な隙間を這いずり回るようになる。
怖いかというと、そうでもない。こちらに害をなすには臆病すぎる。むしろ、怖がっているのはあちらのほうだ。黄色い目がいつも怯えを含んでいる。手を差し出そうものなら、すぐに隙間の手の届かないところに逃げてしまう。子供の頃はあれが怖かったように思うが、今ではむしろ温かみさえ感じる。不思議だ。大人っていうのは、そういうもんだよ、と子供の頃の自分に教えてやりたい。静かな夜に、あれを足元に感じながら、一緒に温かいココアを飲むのも悪くない。
今日、日が昇る前に目が覚めた。暗い中で目を開けるとあれがすぐ近くまで来ていた。枕元で私の顔を覗き込んでいる。
食べにきた?
手を伸ばすとさっと避けて、またカーテンの隙間に逃げていった。食べてもらえなかった、と苦笑する。スマートフォンの光で時間を確認する。小さな灯りで台所まで行き、湯を沸かす。一度驚かせたせいであれはやってこない。椅子に座って湯が沸くのを待つ。あくびをする。
かくんと体が揺れて、少し眠っていたのに気が付く。足元をさっとあれが逃げていった。やっぱりちょっとこっちに来てみたらしい。少し笑う。お湯がとっくにわいていて、湯のみにいれて飲む。空きっ腹に染みる。
目を閉じて、いつかあれに食われることを考える。それほど怖くないと、やはり思う。台所のカウンター越しにカーテンの隙間の黄色い目と目が合う。また隙間に逃げていった。あんなに可愛いのは今のうちだけだろうか。いずれもっと大きく恐ろしく育つのかも。ならば、余計に、食われるのなら今がいい。
立ち上がって今日の予定を思い出す。時計を確認する。そうゆっくりもしていらない。窓まで歩いてカーテンを開ける。昇ったばかりの朝日。あれがあわてて逃げていく。「ごめんね」と呟く。ごめんね、私の可愛い孤独。また、夜になったらおいで。
140字版