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ショートショート 備えあれ

 前にいた会社の建物は真四角のコンクリートで、いかにも丈夫そうだった。一階にある無骨な打ちっぱなしの階段の裏側に空間があり、そこの床にまた分厚い大きなコンクリートの扉があった。総務の課長だけが持っている秘密の鍵を開ける。フックのついた棒で扉の取手を引っ掛け、持ち上げる。地下一階。

 課長が遠くでスイッチを押すと、中の明かりがつく。随分深い。壁にくっついている鉄の梯子をおりる。深いだけじゃなく、広い。多分建物いっぱいの面積をとっているのだろう。ひんやりとして静かだ。

 確か、課長に頼まれて、お祭りの旗か何かをとりに行った時だったはずだ。地下室の中にはスチール製の戸棚がいくつもあり、なにに使うのかわからないものが雑然と置かれていた。はっぴとか、派手な色のコーンとか、仮設テントとか、賞状とか、舞台用?の壁とか。業務に関係のないものばかり。

 旗は容易に見つからず、課長はさぼってばかりいた。「これ、なんだろう」と棚を見てはいじっている。私はこの課長とは違う部署の人間で、たまたま呼び止められて手伝っただけなので、「よくこうやってここで時間つぶすんだよねー。」というつぶやきは聞かなかったことにしてあげた。

 部屋の奥の方に、背丈ほどもある大きな機械があった。聞くと、非常発電装置だという。大きなオイル式の発電装置だ。昔のことで、その上その機械もすでに古かったので、余計に大きいものだったのだろう。

 機械に興味を示した私をさぼり仲間だと判断したのか、課長はさっと私の背後にに寄ってきて、いろいろ話をしてくれた。ここの倉庫は大きすぎて、しかも出し入れがめんどくさすぎて、すぐにしまいっぱなしになること。しまいっぱなしのお陰で、引き継ぎが煩わしく、前任者の誰もがここの全容を把握できていないこと。

「なんでこんな倉庫作っちゃったんですか…。」

 思わず聞いてみる。意外にすぐに答えが返ってきた。

「民間企業の責任として、有事の際の備蓄をするためです。」

 いきなりの文語調だ。多分書類か何かにしょっちゅう書かなくてはいけないのだろう。『有事の際の備蓄』も見せてもらった。軍手とか非常食が確かに倉庫の一角をしめていた。なるほど。立派な非常設備です。例え実体が課長の巨大なサボり部屋だとしても。

 旗がみつかり、地上に出る。せめて階段は普通のものにするべきだろう。もちあげるのが大変だった。下のものを上からひっぱりあげないといけない。(このためものの出し入れに最低2人必要になる。)非常時に非常事態が起きないか心配だ。

 今はもうそこでは働いていない。けれど、前を通るたび、地下の巨大な空洞を思い出す。広くて、深くて、ひんやりとしていて、中で課長がサボっている。何かおきても、あそこにたどり着けば安心だ。電気も、食べ物もある。(あと課長もいる。)
 幸いなるかな。備えあれ。

ショートショートNo.189

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