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ショートショート 最後のマスカラ

駅長は礼儀正しい人だった。
挨拶の角度は90度。帽子の脱ぎ着はエレガント。白い手袋は踊るよう。
まつ毛が長く目玉はくりくり。「おもちゃみたい」と駅に来た女の子が言った。慌てるお母さんににっこり笑う。「大丈夫でございますよ」女の子の前に歩み寄る。「身に余る、光栄でございますから」お姫様にするみたいにお辞儀をした。

ローカル線の終着駅だ。乗る人も少ない。
荷台にのった大きな荷物を下ろす乗客を手伝う。
「大事な、お客さまでございますから」
「……マスカラ」
近くの席で高校生の男の子がくすくす笑った。街で評判の悪童だ。駅長が眉をひそめる。「マスカラ」男の子は影で駅長をそう呼んでいた。

ある晴れた日だった。
部活で遅くなった例の男の子が駅に降りると駅長が目の前に立っていた。
「マスカ…。どうかしたんですか」
「これで、最後でございますから」
駅長が手を差し出した。ローカル線は赤字だった。今日で廃駅。男の子が握り返す。にっこり。二人とも笑った。

ショートショート No.630

たらはかにさんの毎週ショートショートnoteに参加しています。
今週のお題は「最後のマスカラ」です。

先週のお題は「秘密警察を宣伝してみる」。小粋でポップなヒスイさんも書いています。

秘密の組織はフェイクだらけ。小粋さが光りますよ!