面会
少年院の面会室にアクリル板はない。
部屋に鍵がかかり,窓に鉄格子があることを除けば…その雰囲気はどこかの家のリビングのようにも見える。薄暗さはなく,むしろゆったりとした穏やかな雰囲気だ。
施設によって設備は様々で,椅子ではなくソファのところもあったような気がする。
今はコロナで様々な対策が施されているけれど…
法務教官が立ち会っているとはいえ,少年院の面会は,さながらリビングで家族会議をするような感じだ。
少年たちはみな,差入れのジュースも楽しみにしている。
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面会は1回30分。
原則として月2回。
誰でもできるわけではなく…事前に申請し,許可を受けた人しか面会できない。
家族は基本的に許可されるが,家族との面会だからといって必ずしも和気あいあいというわけにはいかない。
家族が被害者のことも
家族が加害者のことも
家族に前科があることも
少年院ではそこまで珍しいことではない。
たった30分の貴重な時間なのにケンカになることもあるし,互いの意見がまったくかみ合わないこともある。
それをどう捉え,その場でどう介入するか…法務教官の手腕が問われる場面でもあるのだ。
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面会は通常,面会室に家族と少年が入室したら…あとは彼ら任せだ。どんな話題がどう展開されるかは,すべて彼らにかかっている。
当然,
被害者の現状や被害弁償の話が出ることもあるが,多くの場合…話題の中心は,お互いの近況だ。
祖父母や弟妹のことを気にかける子も少なくはないが,多くの少年が気にしているのは,家族よりもむしろ,社会にいる友人たちの近況の方だったように思う。
とにかく,誰それはどうしてる?というのが会話の中心だ。
そして…
多くの場合,会話は途切れる。
雑談が下手くそなんだ。
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少年院は,罰ではなく保護として送られる場所。
「保護が必要」と判断されるのはどんな環境にいる子なのか…を想像すれば,ある程度正確に,非行少年の(家庭)環境が想像できると思う。
両親(のどちらか)が外国籍で,日本語が不得手な場合もあるし…
失礼ながら,コミュニケーションが下手な保護者も少なくはない。
何より…
親とまともに会話する習慣がなかった子どもたちの,会話のできなさはちょっと異質だ。
「…別に。普通。」
「特に何もない。実習と体育があっただけ。」
突き放すように一言応じて,まるで会話が続かないこともある。
ただ…
そういうたどたどしいコミュニケーションは,きちんと介入していけば大抵の場合,改善する。
気持ちだけでなく,「そもそも会話ってのはな…」という指導が必要な場合がほとんどだけれど。
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非行の原因がどこにあるかを論じることに,僕はあまり興味がない。
もちろん,個々に事例を見ればいろいろ思うことはあるけれど,簡単に「親が悪い」なんて言うのは絶対に間違っているし,
保護者には(少なくとも僕から見えている範囲においては)何の落ち度もない場合だって,なくはない。
子どもたちには…
「同じような境遇の中で,それでも非行しないで生き抜いている人がいる以上,自分にも改善の余地は絶対にある」と伝えてきた。
それは善悪や責任とは違う話。ただひたすら…「これからどう生きるか」に焦点を当てた話だ。
そういう意味で,面会はとても大事な場だ。
これからともに生きていく保護者と少年の両方がそこにいる。立ち会えば,できることはたくさんある。
今後の指導の入口も見えてくる。
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僕は学者じゃないので,統計的な分析に興味はない。
そして原因と責任の追求にもあまり興味がない。
考えているのは常に「状況を少しでも前に進ませるためには…」ということだ。
だからこそ…
面会の前後に保護者と面談する時間は非常に重要だった。幹部や他の先生に頭を下げて仕事を空けてもらい…面会の後に保護者とじっくり話したことも多い。
中にはクレーマーのような保護者もいる。
でもそんな保護者もまた,面会に来る親はみな…それぞれなりに本気で子どものことを考えている。
想いを受け止めるだけではなく,その表出の仕方をよく見て…今後の関係が少しでもいいものになるよう,小さな手を積み重ねる。
その中で,保護者と子どもの関係も,僕らと保護者の関係もよくなっていく。
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保護者と法務教官の間の信頼関係は,時に子どもにも大きな影響を与える。
現場での勤務は忙しく,なかなか時間を作れないこともあるが…面会前後の保護者との面談は,可能な限り実施した方がいいと僕は思っている。
もちろん子どもへの事後指導も。
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ある日,こんなことがあった。
母ちゃんとの面会を終えて部屋を出た直後,その子がこんなことを言ったのだ。
「先生…今日の面会,見られるのマジ恥ずかしかったです」
苦笑いしながら本気で恥ずかしそうにそう口にする彼に,理由を聞いたらこんな話をしてくれた。
いやだって,うちの母ちゃんマジでただのチンピラじゃないですか…。服とかもお前何歳だよって。言葉づかいも田舎のギャルのまんま。
前はそれが普通だと思ってたし,今でも母ちゃんは大好きだけど…なんか幼稚な人なんだなって思って。
母ちゃん自身よりも,そんな母ちゃんと喋ってる自分を見られるのがなんか恥ずかしかったっす。
入院当初…
親との面会が嬉しくて,面会があると聞いては泣き,面会が終わると寂しくて泣いてたような奴だった。
兄弟も別の少年院に入っていて,一家揃って不良的な家。
それが普通だと思っていた彼は,そうじゃないことに気づき,閉じた塀の中で必死に(ほんとに必死だった)自分や社会を見つめて…
「好きだけど,大人としては信頼できない」
という複雑さをきちんと許容できる大人になったのだ。
出院後…
相変わらずガスの吸引やら暴走やらを繰り返している兄弟を尻目に,真面目にバイトをしていると報告をもらった時には,本当によく頑張っていると,軽く泣きそうになりながら激励した。
印象的な面会はほかにもたくさんあったけれど,やっぱりこれを一番よく思い出す。
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(ここからは法務教官に向けた話)
保護者との信頼関係をどう築くか…
保護者と少年の関係をどう改善するか…
これは,全法務教官の至上命題だ。
そして
どこの現場にも,これが上手い先生が必ずいる。
引継ぎや日頃の会話の中で上手そうな先生を見つけたら,何をしているのかじっくり聞いてみるといい。
あたりまえのことをきっちりやりながら,その中にその人独自の家族観や人間観がにじみ出てくる。
そこを逃さず抽出し,可能な限り自分の中にしまっておくことだ。いずれ必ず,それが役に立つ。
せっかくなので少しだけ…僕と,僕がその点において絶大な信頼を置いていた先輩のスタイルを紹介しておく。
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へいなかのスタイル
前述の通り,僕はとにかく前後の面談を積極的に行うタイプだ。
関係改善は,その10分の使い方で変わってくる。
まず,きちんと保護者の話を聞く。
あたりまえだけどこれができていない職員は少なくない。
座る位置を工夫し,真正面で向き合うのではなく,やや斜めの向きで前のめりで聞くといい。
そして
保護者が知らない
少年が話さなかった情報
をきちんと伝えてあげることが大事だ。
少年の話は大抵,主観と事実が入り交じる。「自分の生活のほとんどが家族からは見えていない」というあたりまえの前提もわかっていないことがほとんどだ。
また,
想いとは裏腹なことを言ってしまう場合も少なくない。
だから…
「実はこんなことがあったんですよ…」
とか
「先日の日記ではご家族のことをこんな風に書いてましたよ…」
とか
「前回の面会のあと,こんなことを言ってましたよ…」
という,情報の提供がとても大切になってくるんだ。
ただ面会を見て,記録に書くだけなら法務教官はいらない。
そこから足りないものを見つけ出し,機を見てそれを補う…
そのさじ加減を見極めることも含めて,面会は大きなチャンスとして最大限に活用した方がいい。
大変だけどがんばれ。
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最後に先輩の話
ある先輩はよく,保護者とのスキンシップを促していた。
毎回じゃない。
面会を見て,保護者との関係をよく見極め,日頃の面接や課題の中で保護者への心情を整理させた上で…
時には事前に保護者にこっそり依頼までして…
面会が終わるときに,ハグや握手を促していた。
今はコロナでそれもできない状況だ。また,必ずしもそれが効果的とは言えないこともある。当然,物品の受け渡しの防止など,考慮すべき事柄も多い。
でも
子育てをしてみてわかったよ。
親子のスキンシップは,時に30分の会話以上に大事だったりするんだ。
機を図り,丁寧に実施する必要はあるけれど…あの先輩のあのアプローチは本当にすごかったと,僕は思っている。
そんなやり方もあるんだと,頭に入れておくといいと思う。
放デイのスタッフをしながら、わが子の非行に悩む保護者からの相談に応じたり、教員等への研修などを行っています。記事をご覧いただき、誠にありがとうございます。