短編|アクションコメディ|汚れる前に勝て! 班長組の場合-9-
対敵したノーチェはアズール班にその旨を告げて音声通信を切り、ホルスターから銃を抜いた。
物陰に身をひそめたまま右目を細めて狙いを定め、立て続けにトリガーを三回引く。
一発目は鷲(わし)とライオンを合わせたような姿のケーラー──グリュプスタイプのの硬い羽毛に覆われた翼を貫き、二発目はライオンに似たたくましい脚にめり込み、そして三発目は琥珀色の目のわずか横に当たった。
ギャッと痛みによる苦しみと怒りをないまぜにしたような鳴き声があがる。
「あれ?」
「ん?」
弾道を目で追っていたミルティッロと千歳が同時に小さく声を上げた。
「Σ(シグマ)ですね」
ふたりと同様に、自分の放った弾丸の通り具合を確認していたノーチェが確信を得て断言する。千歳とミルティッロはそれに関しては同意を示したのだが──。
「ノーチェ」
ノーチェを挟むようにして両隣に立っていたミルティッロと千歳が同時にノーチェを呼び、同時にノーチェの右と左の肩に手を置いた。
驚いたノーチェがふたりの顔を交互に見る。
「落ち着いて行きましょう」
「原色組ならきっと大丈夫ですよ」
ぎょろりと鳶の目が動き、三人の姿を捉える。
「え? ──あ、はい」
ふたりはふわりと笑って、飛び出していく。ノーチェは一呼吸だけ遅れてそれに続いた。
千歳が濃い緑色の玉がはまった左手のクローで、グリュプスタイプのケーラーの翼を集中的に切り裂く。時折、するどく曲がったくちばしと凶猛な爪が千歳を捉えようと反撃するが、千歳はいともたやすくそれをかわす。
グリュプスタイプのケーラーで最も警戒しなければならないのは、上空からの滑降による一撃だ。彼らは鷲の羽で空を舞い、急降下して屈強なライオンの足で獲物を踏みつけ、爪で切り裂く。
そのため、グリュプスと対するときにまずすべきことは、翼を破壊して飛べなくするか、視力を奪って狙いを定めにくくさせることだった。
ノーチェは基本戦術にのっとって、その視界を奪うべく眼に照準を定めた。
二回立て続けにトリガーを引く。
弾道を確認する前に、鋭いくちばしがノーチェの身を穿(うが)ってやろうと突き出される。
ノーチェは地に伏せるようにしてそれをかわし、跳ねるように起き上がって、さらにトリガーを二回引いた。
リロードしながら見ると、自分の放った弾丸が全く狙いどおりにいっていないことに気づいて、驚く。
「あ……」
ノーチェは吐息のような声を漏らし、苦笑した。
先ほど千歳とミルティッロが言っていた意味が、ようやく分かった。
目に見えて手が震えているわけではない。それでも、焦りにも似たわずかな動揺が、いつもならできるはずの精密な射撃を出来なくしているのだ。
ノーチェはふたりの姿を見た。
彼らは本当によく周りを見ていていつも気を配ってくれる。それなのに、千歳はあえて天然ボケのように見せてくれるし、ミルティッロは変わり者のように振舞ってくれる。年長のふたりがそうしてくれるから、自分も含め、年下組は大きな安心のなかで彼らにも遠慮せずものを言えるのだ。
短く息をひとつ吐いて、気を入れ替える。
今できることは、一刻も早く目の前のケーラーを仕留めることだ。そうすれば、原色組の援護に行ける。
千歳が一際大きく袴(はかま)と千歳緑の首巻をなびかせて反撃をかわし、大きく一歩踏み込んで硬い羽毛に覆われた翼を切り裂いた。
鷲の上半身とライオンの下肢を持つグリュプスタイプのケーラーが、咆哮(ほうこう)とともに大きく仰け反る。すかさずノーチェは弾倉と薬室に入っていたすべての弾を、千歳が集中攻撃していた翼に向けて撃ち込んだ。
次の瞬間、硬い羽毛に覆われていたはずの右側の翼が中ほどから折れて、だらんと垂れ下がっていた。
「さすがです! ノーチェ!」
千歳は声を上げながらも側面から今度は前方に回りこんで、繰り出されるくちばしと爪を器用に避けながら、じりじりと後退する。
両手でハンドガンを構え、距離を縮めながら左目に弾を撃ち込んでいたノーチェは、内心で首を傾げた。千歳の背後には魔術を使うために目を閉じて、胸の前で手を組んで集中しているミルティッロがいる。
ミルティッロがいるときは、彼にケーラーを近づけさせないようにするはずなのに、千歳の動きは逆にミルティッロのそばへと誘っているかのようなのだ。
ノーチェが千歳の思惑を量りかねてトリガーを引くのを躊躇(ちゅうちょ)していると、千歳が俊敏な動作で横に跳んだ。ゆるめに結わえた黒茶色の髪が大きく揺れる。
遮るものがなくなって、かぎづめのように鋭いくちばしが、目をつぶったまま集中状態のミルティッロの頭に襲いかかる──。
「ミルさん!」
咄嗟に引き金を引こうとしたノーチェの手を、いつの間にか傍らにいた千歳が押し止める。ノーチェが弾かれたように見た視線の先で、千歳がウィンクしたのと甲高い音が鳴り響いたのはほぼ同時だった。
ミルティッロが紫色の目を見開いて、右手で腰に帯びていた細剣を抜き、切り払っていた。千歳が意地悪そうに笑って、ノーチェにささやく。
「このままレイピアを使ってもらいましょう。パターンΣ(シグマ)なのだから、その方が手っ取り早い」
レイピアには柄頭に水色の石がついている。アズールと色は違うが同じブルー系統の効力で、パターンΣ(シグマ)には絶大なダメージを与える。
「ミルティッロ! その調子ですよ~!」
千歳がのんびりした声で人ごとのように声援を送る。ノーチェも銃口を下げたまま苦笑してそれを見守った。
どちらかというと斬ることよりも突くことを想定して打たれた幅の細い両刃の剣は、本来決闘用に使われるものらしい。そのため彼の剣術は一対一に向いている。下手に援護すればケーラーの動きを複雑にさせ、邪魔になるのだ。
「汚れる! 汚れるぅっっ!」
普段の優雅さが嘘のように顔をひきつらせ、ひいひい言いながらもミルティッロの動きはやはり美しいだけでなく、的確だった。
膝に届きそうなほどの長い紫色の髪を揺らし、リズミカルに前後にステップを踏みながら、最小限の動きでくちばしや爪を避け、刃で払い、隙をついてはとんでもないスピードで攻撃に転じる。白銀に光る刃がケーラーの体を突き刺すたびに吹き上がる返り血すらも避けるのは、余裕があるためではない。汚れたくないあまりに必死なだけだ。
細い刃がグリュプスタイプのケーラーの頸部を突いたとき、高く赤黒い液体が吹き上がった。
ミルティッロは素早くバックステップを踏んでそれを避ける。──が、完全には間に合わず、雪のように白い頬に返り血が一滴だけ飛んだ。
長いまつ毛に覆われた紫色の目が、大きく見開かれる。
ケーラーがあげた断末魔の声にミルティッロの悲鳴が重なり、痙攣(けいれん)を起こしたように震えた手から柄が離れ、からんと音を立ててレイピアが地に虚しく転がる。
「ミルさん!」
「ミルティッロ!」
ノーチェと千歳は慌てて駆け寄った。
目を見開き、唇をわななかせたままショック状態のミルティッロの頬についた血を、千歳が懐から取り出した懐紙でさっと拭う。ノーチェは彼が取り落としたレイピアを拾い、自分のジャケットの裾で素早く柄と刃を拭った。
「ほらほら、どこも汚れていませんよ~。ねえ、ノーチェ?」
「はい。気のせいです」
「……本当に?」
眼鏡は斜めに傾いていたし、その奥にある目は完全に据わっていた。──かなり、コワイ。
千歳とノーチェは必死に頷く。
ミルティッロが眼鏡を直し、平静を取り戻そうとしたそのとき、千歳の灰色の目があるものを捉えた。
「あ、汚い」
ミルティッロのローブの前合わせに、返り血がとんで黒く染みを作っていた。ノーチェが飛びつくように千歳の口を塞いだが、時すでに遅し。
「ああ──あっ!!」
ミルティッロの顔からさっと血の気がひき、そのまま長身がふうと後ろに傾く。ノーチェは背後に回って両手を突っ張ってその体を支え、千歳は前からミルティッロの両手を握った。
「あ~! ミルティッロ、しっかりしてください! アズール班の援護に行かなきゃならないんですからー!!」
「ちょっとチトセさん、どうして汚いなんて言ったんですか!」
「ごめん~。目に入って、つい……」
ミルティッロはロッソに次ぐ長身の持ち主だ。
魔術だけでなく、剣術にも長けたその体は決して華奢ではない。そして、ノーチェと千歳は残念ながら一同の中では非力な方だ。
「あ、あ、わあああああ!!」
らしくもなくひどく動揺した声を上げて、ノーチェは気を失って後ろ向きに倒れたミルティッロの体に潰された。
「ノーチェ、大丈夫ですか?!」
わざと天然ぽく見せてくれる千歳。
変わりもののように装うミルティッロ──。
もしかして、やっぱりそうでもないのかもしれない。
ちょっと間の抜けたところも偏屈なところも、彼らがもともと持っている愛すべき一面なのかもしれない。
ノーチェはミルティッロの下敷きになりながらそう思った。
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