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短編|アクションコメディ|一刻も早く勝ちたい! 原色組の場合-10-

 ノーチェの対敵報告にアズールは低い声でいつもどおり短く答えた。

「向こうの方が先だったな」

 ロッソが赤髪に手をやって、らしくもなくため息をつく。原色組の三人は目標であるパターンΧ(キー)のアンフィスバエナタイプのケーラーを捕捉できていない。端末にケーラーの位置が表示されるようになるのは、対敵してからだ。

「なんで班長組が先じゃだめなの?」
「こっちを早く片付けて、援護に行った方がいいだろ。向こうは火力が足りねえんだから」
「グリュプスだもん、大丈夫だよ」
 あっちは火力は低くてもみんなセンジュツカだし。と、戦術の意味も分かってなさそうにジネストゥラは呟く。

「ジネ、お前ちょっとひとりで先を見て来い」
「なんで?」
「いいから」

「ロッソが僕をのけ者にするー!」

 ジネストゥラはロッソを指差して、訴えるようにアズールを見上げる。ロッソは王子様に気づかれないように、後ろ手でアズールの青みがかったロングコートを引っ張った。

 アズールが目だけでちらりとロッソを見やり、淡々と言う。

「ジネ、見てきて」

「うわ、班長のアズールまで僕をのけ者にしようとしてる!! 信じらんない。僕にケガなんてさせたら、班長組に怒られるんだからっ」

 プンスカ怒りながらもジネストゥラは左手で大鎖鎌の柄を持ち、うさ耳フードを揺らしながら右手で分銅のついた鎖をぶんぶん回しながら駆けていく。軽々と分銅を回すその様に、ふたりはちょっと引いた。

「何?」
 アズールが訊くと、ロッソは言いにくそうに口を開いた。

「いや、ノーチェがさ、左耳にイヤホンしてんだ。ずっと」
「知ってる」

 澄んだ青い目が伏せられると、意外と長いまつ毛が影を落とす。

「……あのときの、せいだと思う」

 呟くように言ったアズールの声は、いつもの淡々としたものと違ってさまざまな感情がにじんでいるようだった。ロッソはそれを見てぎりっと歯をかみしめた。

「いつもは後ろから撃ってりゃいいからまだいいけど、今日は火力の問題でそうもいかねえだろ」
 だから、さっさと片付けて向こうの援護にアズールとジネストゥラを行かせたいのだ、とロッソは繰り返した。

「対敵次第、刃物が効くか打撃が効くか、俺が確認する。判明したら俺が気を引きつけるから、ジネとロッソは頭を狙えばいい。そうすれば早く仕留められる」

 双頭の大蛇のような姿をしたケーラー──アンフィスバエナタイプは、頭が弱点だ。
 ただし、岩をも噛み砕く強烈な力を持ち、獲物をひと呑みするほど開口部の広い顎があるため頭を狙うのは容易ではない。

「そうだな」
 ロッソは頷いた。

 そのとき、ジネストゥラが血相変えて戻ってきた。

「ちょっと、ちょっとちょっと、マズイよ」
「どうした」

 いいから来て、というジネストゥラに言われるがままロッソとアズールは後を追う。

「見てみて」
 建築中の集合住宅の陰からジネストゥラの指し示した方をそっと覗く。

「──え?」
「……は?」

「ね、マズイよね。これ」

 アンフィスバエナタイプは基本的に大型だ。
 しかし、今、三人の目の前で口からちろちろと舌をのぞかせ、身をうねらせているのは、見たこともないほどのサイズだった。

「デカすぎーーーー!!」

 ロッソとアズールは揃って声を上げた。

 冷血な大蛇の目が四つ、建築中の集合住宅の陰に身を潜めていた三人の姿を捉える。
 不気味な色をした舌と獲物を喉の奥へと送る凶悪な歯を覗かせ、巨大な顎がひとつ襲いかかってきた。

 アズールはとっさにジネストゥラの体を抱えて後ろに跳んだ。
 先ほどジネストゥラが言ったように、負傷させて班長組にとがめられるのを恐れたわけではない。彼の回避速度では間に合わないと体が勝手に判断したのだ。

 障害物など防御には無意味だった。アンフィスバエナはもともと大岩さえも噛み砕くし、これほどのサイズだ。

 噛み砕かれた建築中の集合住宅が地響きのような音を立てて崩れ落ち、粉塵が舞う。

 塵で不確かになった視界のなか、巨大な蛇の頭がすさまじい勢いでぬっと姿を現し、ジネストゥラを抱えたままのアズールに迫る──。
 そのとき、ロッソがふたりの前に仁王立ちになり、刃を後ろ向きにして構えた。次の瞬間、重量があるのが嘘のように軽々と大斧を反転させ、柄と刃のあいだではさみこむようにして大蛇の頭を押さえこむ。

 ふたたび、地が揺れた。

「あー! 壊しちゃいけないんでしょ?! タテモノ!」
「……始末書だな」
「アホ! それどころじゃねえ!」

 アンフィスバエナタイプは獰猛(どうもう)な性質で、どうも熱による感知を行っているらしく、いったん対敵するとかなりしつこく追い回される。
 ロッソの斧から逃れふたたび襲いかかってきた噛みつきを、ジネストゥラは転がるようにして、アズールは右に余裕を持って避けた。

「どうすんの? どうすんの?! これーーー!!!」

 大蛇の頭に追われるジネストゥラが、子犬が駆けるように走りながらが絶叫する。どうやら、体温の高いジネストゥラがお好みらしい。

「ジネ、落ち着け! どんなにデカかろうが、やることは一緒だ」

 絞め殺してやろうと忍びよる胴体を高い跳躍でかわし、アズールは空中で下緒(さげお)を外した。腰から離れた鞘(さや)を左手で握って抜刀し、そのまま右手に柄、左手に青塗りの鞘を持って二刀流にかまえる。

 着地と同時に地を蹴って間合いを詰め、両手で払うように刃と鞘をふるう。その感触を確かめてアズールは声を上げた。

「打撃だ! 打撃の方が通る」

 アズールの声を受けて、執拗にジネストゥラを追い回していた頭めがけ、ロッソが横合いから大斧を振り下ろした。
 刃が大蛇の頭を捉える瞬間に、微妙に両の手首を返し、刃の側面が当たるようにする。パターンΧ(キー)と対するために散々シュミレーターで訓練してきたやり方だった。

 ロッソに何度かそうやって頭を打たれた大蛇は、ついにはジネストゥラを追うのをやめ、頭をもたげて舌を出し威嚇する。大斧の柄を肩に担ぐようにしてかまえ、遥か頭上にある大蛇の頭を見上げながらロッソは笑った。

「ジネ、お前ちょうどいいからこのまま囮(おとり)になれ。これじゃ届かねえわ」
「ばかなこと言わないでよ! ノーチェに言いつけるよ!」

 逃げる一方だったジネストゥラはぜいぜいと息を切らし、きっとなってロッソをにらみつける。

「じゃあどうすんだよ、これ。こんなデカイやつ、胴体叩いてたって埒(らち)があかねえぞ」

 ロッソがちらりと右手を見れば、もう一方の頭はしっかりアズールが気を引きつけているようで、双頭の大蛇はどちらも頭を上げて人間どもを見下ろしていた。

「向こうが終わるまで待ってればいいよ。ノーチェがいれば頭を撃ってもらえるし、ミルティにマジュツ使ってもらえばいいじゃん」

「そういうわけにはいかねえんだって」

 つぎの瞬間、ジネストゥラは眉をはねあげ、猫のような目をつり上げた。

「だから、なんでって!」
「なんでって、そりゃお前……」

 ロッソはジネストゥラの剣幕に驚き、そして、言いよどんだ。
 末っ子気質のジネストゥラは先ほどのけ者にされたことを、しっかりと根に持っていた。

「こっちの方がよっぽど緊急事態だよ! パターンΧ(キー)だよ?! しかもこの大きさだよ?! こんなの、解析チームがヨダレ垂らして喜ぶレベルの事案だよ!」

 吐き捨てるように言い放ち、分銅をぶん投げる。分銅は直線を描いて大蛇の胸に相当する部分にあたり、激しい衝突音を立てた。攻撃と見せかけた体のいい八つ当たりだ。

 ロッソはそれを見てごくりと唾を飲む。大蛇は相変わらずふたりをただ見下ろしていた。

「なんでって聞いているの、僕が」

 尋問する司直のような目に、ロッソの口は勝手に動きはじめていた。

「ノーチェが……」
「ノーチェが、なに?」

 ジネストゥラは鎖を巻きとって、再び分銅をぶん投げる。先ほどよりもさらに速度を増しているようで、もはや目視できるギリギリのラインだった。

「心配なんだよ」


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