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短編|アクションコメディ|原色組と班長組-8-

 ブリーフィングルームに入るなりノーチェはモニターを見ながら詳細を、と短く問う。

「ヒット率九十九パーセントのパターンΧ(キー)が一体、ヒット率六十三パーセントのパターンΣ(シグマ)が一体です」

 ロッソが赤髪に包まれた頭をばりばりとかき、ジネストゥラは金色の目をぱちくりとさせた。
 アズールは青い目でモニターに映し出された解析結果を凝視し、ミルティッロはアンダーリムの眼鏡を指で押し上げて、顎に手をかける。

「パターンΧ(キー)か……厄介ですね。しかも、もう一体もヒット率が低い」

 一同の心情を言葉に出したのは千歳だった。
 ノーチェは淡々とさらに聞いた。

「パターンΧ(キー)のタイプは?」
「アンフィスバエナタイプです」

「ええーーーーー!!」
「おや、噂の」
 ジネストゥラがブリーフィングルームの外まで聞こえそうな大きな声を上げ、ロッソとアズールは両手で耳を塞ぐ。ミルティッロの呟きはかき消された。

「暫定Σ(シグマ)のタイプと、他のパターンの可能性は?」

「タイプはグリュプス、他パターン可能性はϷ(ショー)が三十五パーセント、Ψ(プシー)は三パーセントで否定」

 ノーチェは解析チームの返答を受けて再度モニターを見て、眉をひそめた。

「しかも場所は──A-331区か」

「A-331? なんだっけ?」
 先代のCSFが奪還に成功した重要地区だ、とミルティッロがロッソに説明する。

 千歳は顔を曇らせた。

「あそこは、ただでさえかなり狭い。しかも、警戒地区解除を受けて民間人の居住開始に備え、住居の建築とライフラインの整備が進んでいたはずです。あまり壊したくないですね」

「作業中の民間人の避難状況は?」

 避難は完了している、とオペレーターが応えたのでノーチェはほっと胸をなでおろした。
 そして、今度は周辺地図を、と頼む。
 千歳のいうとおり区画そのものも狭く、建築中の建物のせいでかなり死角も多かった。

「これでは各個撃破も難しい。下手をすれば同時に二体を相手にする羽目になるな」

 千歳とノーチェが並んで険しい顔でモニターをにらむ。
 ジネストゥラはそんなふたりの背中を見て、傍らに立つミルティッロの袖を引いた。

「ねえねえ、ミルティ。パターンΧ(キー)ってさ、ストーンのカラーとは違う条件で攻撃の効きやすさが違うんだよね? まだ分かっていないことも多いけど、大まかには刃物が効きやすいか打撃が効きやすいんだっけ?」

「ジネちゃん、よく勉強しましたね。そのとおりですよ」

 ミルティッロは少し身を屈め、ジネストゥラのフードに包まれた頭を優しくなでた。

「しかも、他のパターンとは違って、いずかの色のストーンがはまった武器によるものであれば、Χ(キー)には全く通らない攻撃というのは存在しません」

 うんうん、とジネストゥラは頷く。

「───で、もう一体はΣ(シグマ)かもしれないけど、ヒット率が低いってことはϷ(ショー)かもしれないんでしょ?」

 Σ(シグマ)はアズール、Ϸ(ショー)は僕、でもΧ(キー)にも僕が必要だし、と指を折りながらジネストゥラはぶつぶつ言って、小首を傾げてミルティッロを見上げる。

「こんなの、同時に相手するのってできるの?」

「それを考えてくれるのがノーチェです」

 ジネストゥラとミルティッロのさらに後方ではロッソが腕を組み、アズールはたたずんでノーチェと千歳のやりとりを見ていた。

「ノーチェ、どうしますか?」
 千歳が問うとノーチェはうなる。

 ノーチェの班編制はいつも早い。パターンとそれに対応する武器の優先順位が完全に頭に入っているため、即時に最善の振り分けができるのだ。しかし、この時ばかりはさすがに少し悩んでいるようだった。

 ノーチェにしては長く、普通の人間にとっては短く逡巡してノーチェは決断した。

「対タイプΧ(キー)でアズール、ロッソ、ジネ。対タイプ暫定Σ(シグマ)で、チトセさん、ミルさん、私の、スリーマンセル二班かな」

 意外かつ前例のない編制にロッソとジネストゥラが揃って声をあげ、アズールは無言でモニターをじっとにらむ。

「ノーチェ、さすがにそれは──。班長が全部こちらに固まっているし、こちらの火力も足りないのでは?」

 千歳がやんわりと指摘する。
 ノーチェはモニターを見つめたまま説明した。

 Χ(キー)が大型のアンフィスバエナタイプである以上、自分や千歳が入ると火力不足で逆に長引く可能性があること。

 刃物が効くにしても、打撃が効くにしても、せっかく原色組の攻撃が全て通るのだから、三人の高い攻撃力を生かして短期決戦に持ち込んだほうが自分達にとっても、建造中の建物や整備中のライフラインにとってもリスクが低い。

 そして、もう一体のグリュプスタイプがパターンΣ(シグマ)なら、自分と千歳とミルティッロの三人でそこそこの時間で片付けられる可能性は高いし、最悪、Ϸ(ショー)だとしても、Ϸはイエローの次はグリーンが通るのでミルティッロの魔術による援護があれば、際どいかもしれないが、自分と千歳のふたりでも討伐できるはずだ──と。

「なるほど」
「確かに」

 千歳とミルティッロの年長組が声を揃えて頷いた。

「?? どういうこと? よくわかんないんだけど」
 ジネストゥラがロッソを振り返って、大多数の読者の皆様の声を代弁するかのように聞く。

「俺に聞いて分かると思うか?」
「そうだよね」

 間髪なく同意して、今度はアズールを見上げると、アズールは何か言いかけて口を閉ざした。理解してはいるものの、ジネストゥラに分かるように伝えられそうになかったらしい。

「簡単に言うと、ジネちゃんとアズールがふたりずついればよかったのに、ということですよ。でも仕方がないので、千歳と私、ノーチェの三人で何とかがんばろう、という話です」

 ミルティッロはジネストゥラのうさ耳フード(ロング)を今度は両手でもてあそびながら、続ける。

「ジネちゃんは、Χ(キー)のアンフィスバエナを相手に、斬ってみて手ごたえがないようなら分銅をぶん投げまくって殴殺すればいいし、手ごたえがあれば鎌で切りまくって斬殺すればいい──それだけのことです」

 涼やかな美声は美しいものを愛する彼に相応しいものだったが、その口からずらずら出たのは物騒極まりない単語と、彼らしからぬ雑すぎる表現だった。

「いつもどおりでいいってことだね!」

 目をきらきらさせて応えたジネストゥラに、振り返ったノーチェが頷いた。そして、視線をアズールとロッソに移す。

「そっちの班の班長はアズールに頼む。ロッソ、アズール、ジネを頼むよ」

「了解」
「おうよ」

「よし、それじゃあ準備が出来次第、出動しよう」

 身なりを整えて集まった一同は、情報端末や応急処置用の医療品、緊急時用のレーションなどが入ったヒップバックを身に付け、各々の武器を手にする。

 ノーチェが音声通信のために左耳に装着したヘッドセットのインナーイヤホンのコードと、ハンドガンのランヤードを絡ませて、もたついていた。

 左側の一房だけ長い茶色の髪を耳にかけて一旦イヤホンを外し、ランヤードと交差しないようにして再度装着する。

 アズールとミルティッロは右利きなので左腰に鞘に納めた剣を帯びて、インナーイヤホンも必ず左耳につけている。

 両手で武器を扱うロッソとジネストゥラと千歳は、そのときによってまちまちだった。ジネストゥラは右手で分銅を投げるせいか、左につけていることが多いが、千歳は右耳につけていることが多い。ロッソも何となく右につけることが多かった。

 しかし、ノーチェは左利きなので左手で銃を扱い、ヒップホルスターも左腰につけるのに、イヤホンも必ず左耳につける。そのせいで、出撃準備の際にああやってよく、銃の紛失防止のための紐──ランヤードとコードを絡ませてもたついていることがあった。

 誰よりも早く準備を終えたロッソは、それをじっと見ていた。

「ロッソ、どうかした?」

 視線に気がついたノーチェがふと顔を上げた。

「いや──なんでもねえ」

「そう? ならいいけど」
 ノーチェはロッソの背中に手を置いてその顔を見上げ、にっこり笑った。

「頼りにしているよ、ロッソ」


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