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短編|アクションコメディ|日本茶と炭酸でティータイムを -7-

 三人が食堂の椅子に座っていると、姿を現したのは千歳とミルティッロの年長組のふたりだった。

「おや、原色組。おそろいですね」

 原色組──もともとは「CSF」のメンバー以外が言い出した呼び方だが、今は本人たちも面白がって使うようになった。武器にはまったストーンの色が、赤のロッソ、青のアズール、黄色のジネストゥラの三人のことだ。偶然にも髪の色と目の色も一致している。

 ミルティッロが目を細めた。

「こうして君たちが並んでいるのを見るのは、いいものです」

 ロッソはΨ(プシー)、アズールはΣ(シグマ)、ジネストゥラはϷ(ショー)に最大効果のある攻撃をするため、この三人が任務で組んで出ることは珍しく、待機時でもなければなかなか見ない組み合わせだ。

 ケーラーと暫定的に名付けられた魔物のパターンやタイプによって、彼らは異なる組み合わせで出動する。そのため、この他にも、攻撃手法やストーンの色による「飛び道具組」や「刃物組」、「青組」「赤組」「緑組」、単純に年齢による「年上組」と「年下組」などさまざまな組み分けがある。

「ミルティ!」
 ジネストゥラが目を三角にして声をあげた。

「さっき僕がクッキーの缶取ってって、お願いしたときは無視したのに!」

「千歳がニホンチャをいれてくれるというので」

 ニホンチャというのは、千歳の故郷に伝わる緑色をした茶のことだ。美しいものや雅なものをこよなく愛するミルティッロは、大層それを気に入っていた。

「チトセ、お茶いれるの? じゃあ僕には紅茶……」

 言いかけて、ジネストゥラは金色の目をくるんと動かし、思い直した。

「やっぱり僕もニホンチャにする」

「ええっ? ジネちゃんの言う紅茶ってミルクティーのことでしょう? 日本茶はミルクティーと違って苦いですよ。大丈夫?」

 今日の千歳は袴をつけず、羽織もない着流しスタイルだった。夜番だったので起きたばかりなのかもしれない。

「もうっ。いつまで経っても子ども扱いはやめてよ」

 千歳は降参を示すように両手をあげて、苦笑した。

「アズールも日本茶、飲むでしょう? ロッソは──炭酸ですね」
 ふたりの返事を待つまでもなく千歳は厨房に入っていった。

 ミルティッロは、ぐびぐびと喉を鳴らしながらミネラルウォーターを飲むアズールをじっと見つめた。そして、不意に濡れた青髪を指先ですくう。

「アズール、きちんと髪は乾かしてください。せっかくの美しい青髪が傷んでしまう」

 と、すくいあげた青髪に唇を寄せる。

 アズールはペットボトルに口をつけたまましばし硬直して、それから我に返ったようにミルティッロの手を払いのけた。

 すぐそばに座っていたロッソがその様を見て、そっと向かいに座っていたジネストゥラを手招きして呼ぶ。そして、何食わぬ顔で自分が座っていた場所にジネストゥラを座らせて席を移動する。ロッソもアズールと同じ目に遭ったことがあった。

「美しいものをおろそかにするのは罪です」

 ミルティッロはそう言って懐からくしを取り出し、ついさっきまでロッソが座っていた場所に座ったジネストゥラの柔らかい金色の髪をとく。当のジネストゥラは別に気にしたふうもなく、されるままにして開けたクッキーの缶に手を伸ばし、砂糖がまぶされたクッキーをひとつ手に取った。

 ジネストゥラがクッキーを口に入れようとしたとき、食堂の前の廊下を横切る人物に気がついた。

「ノーチェ!」

 一旦通りすぎたノーチェは、後ろ歩きで数歩戻ってきて戸口から顔を覗かせた。

「あれ? みんな揃ってどうしたの?」

 ノーチェはいつもどおりきっちりジャケットを着込み、シャツにはタイまでしていた。同じ夜番だったはずなのに、着流し姿の千歳と、寝癖の頭にTシャツ姿のロッソとは雲泥の差だ。

「みんなでお茶を飲もうとしているところです。ノーチェもどうですか? それとも急ぎの仕事、あります?」

 ノーチェは微笑んで首を振ると、食堂に入ってきた。その手には端末が握られていて、画面はびっしりと細かい文字が埋め尽くされている。恐らく、仕事の途中だったのだ。

「ノーチェはニホンチャ? それとも紅茶? コーヒー?」

 ジネストゥラは持っていたクッキーをノーチェに渡す。今まさに彼の口に入るところだったクッキーを受け取って、ノーチェはありがとう、とまた微笑んだ。

「みんなは何を飲むの?」

「ロッソは炭酸、僕達はニホンチャ」

「じゃあ私もニホンチャで」

「いやいや、ノーチェはダージリンのファーストフラッシュでしょう?」
 厨房に入ってお湯を沸かしていた千歳が、吊り棚から缶を取り出しながら言う。

「だーじりんのふぁーすと……? なんだって?」

 ロッソの耳にはミルティッロが魔術を使うときに唱える呪文のように聞こえた。ミルティッロが紅茶の種類だ、と説明する。

「あ、いや、別にそれじゃないといけないというわけじゃなくて──。ただ、癖になっているだけですから」

「飲みものくらい、人に気を遣わず好きなものを飲みなさい」

 まるで弁解するかのようなノーチェに、ミルティッロがぴしゃりと言った。そして、ふっと、優しく微笑みかける。

「ただでさえ君は気苦労が多いのですから」

 原色組が呆気に取られて紫色の長い髪をした変人の年長者を見る。

「──っ、ミルティが!」
「まともなこと言ってる!!」
「……」

 ミルティッロは三人に向かって今度は嫣然(えんぜん)と微笑んで、指をぱちんと鳴らした。 

「千歳、ダージリン・ファーストフラッシュをノーチェに」

「はい。今もう用意していますよ」

***

「そういえば、この前のあれ、なんだったか分かったのか?」

 ロッソが言っているのは、出動前の解析結果と実際の魔物──ケーラーのパターンが違ったことについてだ。多少の混乱はあったものの、大きな問題にはならず任務を遂行することができたが、あの場にノーチェがおらず、ケーラーがもう少し手ごわいタイプだったらああはいかなかったかもしれない。

 ノーチェはトレーに飲みものをのせて運んできた千歳と目を合わせて、困ったように笑う。

 CSFの隊長はノーチェ、副隊長は千歳である(異論は認める)。ふたりは先の件について、すでに調査報告を受けていた。

「システムに異常はなかったよ。人的ミスだったんだ」

「マジかよ!」
 ふんぞり返るように椅子に座っていたロッソが飛び起きて声を上げ、アズールはぴくりと眉を動かした。

 千歳が皆の前に湯のみとグラス、ティーカップを順番に置きながらノーチェの言葉に続ける。

「解析チームに新人さんが入っていて、解析結果の伝達と端末への情報登録を間違えたんですって」

「えぇ~。僕のところじゃなかったから許すけど、それはないなぁ」

 さりげなく王子様発言をして、ジネストゥラはすました顔で日本茶を一口飲んだ。そして、舌を出して大きく顔を歪める。

「お前、やっぱり飲めねぇんだろ」
「うるさいよ、ロッソ」

 その様を眺めて千歳はくすりと笑い、用意していたマグカップをとんとジネストゥラの前に置いた。

「お、チトセ、気がきくね」

 中身はジネストゥラの言う紅茶──すなわちミルクティーだ。

「お褒めに預かり光栄です」

 粋な計らいの褒美としてクッキー二枚を王子から賜った千歳は、懐から取り出した懐紙にのせてそのままアズールに横流しする。
 甘味を好むのはジネストゥラとノーチェ、そして意外なことにアズールの三人だ。

「それにしても、こっちは体張ってるっていうのにな。ジネじゃねえけど、そりゃ、ねえわ」
 
 ノーチェがロッソを見て、とりなすように言った。

「こういうミスはあってはいけないことだけど、人が行うことだからね。仕方ない部分はやっぱりあると思う。それに、普段は解析チームにも本当によくやってもらってるよ。一昔前は、ケーラー出現から十二時間以内のパターン特定なんて、不可能だって言われていたそうだから」

 現在ではケーラーの出現確認から十二時間以内におおよそのパターンの特定が行われ、CSFはそれに合わせて事前に班の編制を行い、基本的な戦術を立ててから出動している。

 これにより迅速な討伐が可能となり、民間人がケーラーの犠牲になる頻度が格段に低くなったのと同時に、隊員も昔ほど過酷な任務に従事することもなくなった。

 解析システムの研究と開発が進んでいなかった初期の頃は、どの攻撃が効果があるのか全く分からないような状態で出て行って、その場その場で隊員が判断して対応していたというから、その苦労はいかほどのものだっただろう。

「それにしても、あのときはケルベロスタイプだったからまだ良かったですよね。アンフィスバエナタイプみたいので、解析結果とパターンが違ったら────」

 ノーチェにちょんちょんと袖を引かれ、千歳は最後まで言うのをやめた。みんなの顔を見回すと、葬式のようになっていた。

 アンフィスバエナとは尾にも頭がついた、双頭の大蛇のような姿かたちをしたケーラーのことだ。個体差はあるものの基本的にでかく、しかも獰猛(どうもう)だ。サイズやパターンによっては今でもけっこう苦戦を強いられることがある。

「アンフィスバエナでパターン不一致とか……死ねるな」

 アズールが頬ばったクッキーを飲み込み、低い声で呟いた。

 ティーカップを持ち上げて、ダージリン・ファーストフラッシュのみずみずしい芳香を楽しんでいたノーチェが穏やかに言う。
 
「まあ、でも再発防止を徹底してもらうということで話はしてあるし、もうないとは思うよ」

 そのとき、ノーチェの手元に置いてあった端末から警告音にも似たデジタル音が鳴り響く。ノーチェは視線を落とし、画面に表示された文字を見て、呟いた。

「召集だ」

 それに一呼吸だけ遅れて同じ音が館内放送でも響き、女性オペレーターの声が流れる。

「ケーラー二体の出現を確認。CSFの隊員はブリーフィングルームに集合してください」

 
「今日の未明にもΨ(プシー)が出たばかりなんですよね? また二体ですか」
 二色の生地で市松模様に作られたクッキーを愛(め)でていたミルティッロが、視線を上げた。
 

「最近、多いな」
「だね」
 ロッソとジネストゥラがグラスとマグカップを置く。

「行こう」

 ノーチェが席を立ったのに続いて五人も立ち上がった。


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