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短編|アクションコメディ|ミルティッロ班の場合 -4-

「ああん、もう! すばしっこくて腹立つなぁ!」

 ジネストゥラは両手で柄を握ってぶんと鎖大鎌を振った。
 死神を彷彿とさせる三日月型の大きな刃が、今まさに跳躍してふたりに襲いかかろうとしていた魔物を牽制する。

 金色の髪に同色の大きな瞳。
 愛らしい容姿とは裏腹に、その手に握られている不気味に黒光りする柄は小柄なジネストゥラの背丈よりも長く、その先についた刃は顔よりもずっと大きい。さらに、柄尻に取り付けられた鎖の先には彼の足よりも大きい分銅がついている。

「いくらパターンϷ(ショー)って言ったって、当てられないんじゃ意味ないよ」

 白い頬をぷっくりと膨らませながら独りごちる。ぎゅっと柄を両手で握ると地面に垂れた分銅のついた鎖がじゃり、と鳴った。

「ねえ、ミルティ。まだぁ?」

 鼻にかかったような甘い声で、最年少のジネストゥラはチーム最年長の青年(推定)をいつも遠慮なく愛称で呼ぶ。

 ミルティことミルティッロは、胸の前で手を組んだまま、つぶっていた目を開けた。アンダーリムの眼鏡の奥で、紫色の目が笑う。

「お待たせしました。もう行けますよ」

 ミルティッロは組んでいた手を解いて、右手を魔物に向けてかざした。

「Ծանոթ դանդաղ」 

 ミルティッロの薄い唇が不思議な響きの言葉をつむぐと、金色の縁取りの入ったローブに包まれた足元が光り、かざした手からも光がほとばしって魔物の体を包む。

 獣のようにすばしっこく、ジネストゥラの大鎌から逃れていた魔物は、スローモーションのようにゆっくり動くようになった。

「ジネちゃん、今です!」

「行っくよぉーーー!!!」

 ジネストゥラはさっと屈むと、左手で柄を持ったまま鎖を持ち、反動をつけて分銅をぶん投げた。

 あの小柄な体がどうしてそんなことができるのかは、チームの誰も知らない。以前、大斧を操るロッソが同じことにチャレンジしたが、あのロッソですらできなかったし、ノーチェとミルティッロに至っては持ち上げることもできなかった。以来、全員がジネストゥラのご機嫌だけは損ねることのないように常から気をつけている──というのは余談だ。

 細腕に投げられたのが信じられないほど鋭い軌道を描いて飛んだ分胴は、魔物の鼻っ柱を直撃した。ぎゃうん、と獣のような鳴き声を上げてのけ反る。

 ジネストゥラはすかさず跳ぶようにして踏み込んだ。かぶっていた肉球付きうさ耳フードが、はらりと脱げて金色の髪が踊る。

「えいっ!」

 ジネストゥラが大きな三日月型の刃をなぐと、空気がひゅっと鳴いた。
 次の瞬間、魔物は体をかき切られ、赤黒い液体が飛び散る。そして、大型の獣のような姿の魔物は断末魔の叫びだけを残してあっという間に消えた。

「お見事! 鮮やかなお手並み」

 ミルティッロの美声によって惜しげもなく贈られる賛辞に、ジネストゥラは大鎖鎌の柄を左腕で抱えて、えへ顔ダブルピースで応える。

「皆も仕留めたでしょうかね?」

「ケルベロスタイプは素早いだけで雑魚だし、そうじゃなくてもノーチェとアズールは早いから、ふたりは絶対終わってるよ」

 チトセのところは、ロッソの攻撃が当たっていれば一瞬で終わるだろうけど、と付け加えてジネストゥラはマイクをオンにした。 

「おおーい、ノーチェ? アズール? ロッソ! チトセー! 終わった~?」

 インナーイヤホンから流れてくるのはかすかなノイズだけだった。

「あれぇ? 誰もつながってない」

 ミルティッロが端末を取り出して、マップを開く。
 端末上には周辺のマップと、各メンバーと魔物の位置が示されている。

「うん?」

 ミルティッロは首を傾げた。

「おかしいですね。両方とも仕留めていないどころか、ノーチェ班の位置がチトセ班に徐々に近づいていますし、Σ(シグマ)もΨ(プシー)に近づいています」

「ええ? なんでっ?!」

 ジネストゥラは、ミルティッロの腕を両手でつかんでつま先立ちになり、端末を覗き込む。ミルティッロは腰を屈めて画面が見やすいように位置を低くしてやった。

 ジネストゥラの大きく見開いた金色の目のさきで、茶色と青色、緑色と赤色のまるい光が少しずつ距離を縮めていた。茶はノーチェ、青はアズール。そして、緑は千歳で赤はロッソの位置を示している。それぞれのコードネームと同じ色の光だ。

 さらに、「TARGET Σ」と示された光点が「TARGET Ψ」に近づくようにして、じわじわと動いている。

「これって──両方とも終わってないどころか、まさか、分断にも失敗したってこと?」

 二体以上の魔物が出現した際は、必ず分断して一体ずつ仕留める。混戦になったり、囲まれるようなことがあれば、パターンによって有効な攻撃が異なる自分達の危険が増す。これは戦術とか作戦とかに疎いジネストゥラでも知っている鉄則だ。

「うーん」

 ミルティッロは顎に指をかけて、また首を傾げた。紫色の長い髪がさらりと流れる。

「ノーチェが参加している作戦下で、そんな初歩的なミスが起きるとは思えません」

 長い指で画面をスワイプして、ミルティッロはテキストメッセージの履歴を確認する。
 履歴に表示されていたのは千歳からノーチェに宛てられた「Sigum」という謎の文字列だけだった。

「ええ? なにこれ?! またチトセがワケ分かんないことしてる」

 千歳の端末操作レベルが著しく低いのは周知の事実だ。みんな一度や二度はその被害に遭っていた。

「ミルティ、どうする? 応援に行った方がいい? っていうか、僕の攻撃ってΣ(シグマ)とΨ(プシー)ってどうなんだっけ?」

「ジネちゃんはΣ(シグマ)もΨ(プシー)も△です。全く通らないわけではないけど、それほど相性が良いわけでもありません」

「でも、ミルティのレイピアはΣ(シグマ)に有効だよね? アズールと同じブルーだもん」

 ジネストゥラはミルティッロが左腰に佩(は)いている細作りの剣を見た。柄頭には水色の石がついていて、鍔(つば)は羽を模したような繊細なデザインが施された優美な剣だ。

「もしかして、こんなときでも抜かないの?! それ」

 ミルティッロは美しいものが好きで、体や服が汚れるのを極端に嫌う。剣以外にも不思議な術──魔術とかいうものを使うことができるので、普段は後方で援護に徹している。そんなわけで、彼が最後にその剣を使ったのはいつのことだったか、ジネストゥラは思い出せなかった。

 ミルティッロはやんわりと笑った。

「そういうわけじゃありませんよ。ただ、ノーチェが意味もなくこんなことをしているとは思えません」

「うん……。それは、そうだよね」

「とりあいずこのまま待機して、ノーチェの指示を待ちましょう」



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