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短編|アクションコメディ|チトセ班の場合 -3-

 千歳は滑るように前進すると、魔物の後ろ脚を狙ってクローグローブを繰り出した。脚を狙うのは機動力を削ぎ、ロッソの大斧で捉えやすくするためだ。

 左手のクローが堅い獣毛に覆われた魔物の肉に食い込み、切り裂く。
 蹴り上げようとする魔物の脚を舞踏のような優美なステップで避け、体を反転させて今度は右手を繰り出す。

 歯がむずがゆくなるような不快な音がして、予期せぬ感触が右手に走った。

「ロッソ! 待ってください!」

 とっさに赤髪の青年の名を呼ぶ。
 
 一同で一番背の高いロッソのさらにその背丈をこえるほどの大斧を、彼はすでに振りかぶっていた。間に合わない。

「おらああああああ」
 
 ロッソが渾身の力をこめて振り下ろした巨大なアックスの刃は、鈍い音を盛大に響かせて弾かれた。

「うえ?!」

 全く予想していなかった事態に、ロッソの長身が反動で大きく仰け反る。
 体勢を崩したその体に、ここぞとばかりに魔物が爪をかけようとした──。

 千歳はクッと喉を鳴らし、大きく踏み込んで左手を突き出す。耳をつんざくような咆哮があがり、赤黒い液体が飛んだ。

「大丈夫ですか」
「サンキュー」

 素早く体勢を立て直したロッソは今度は軽い力で大斧を横にないだ。
 がきん、と鈍い音を立てて巨大な刃はやはり弾かれた。

「なんだ、これ。全っ然、通らねぇ!! 解析ではパターンΨ(プシー)のはずだろ?!」

「おかしいですね。私も左手は比較的効いているみたいだけど、右手はほとんど通りません」

 千歳は右手のクローが弾かれたときの、ガラスをひっかいたような不快な音を思い出して肩をすくめる。

「なんだ? 解析ミスか? ヒット率はなんだったっけ?」

「九十を越えていました」

「じゃあエラー?」

「分かりません。いずれにしても、Ψ(プシー)ではないのは、間違いがない」

 傷つけられ、怒り狂った無秩序な魔物の攻撃を、千歳はひらりと舞いを舞うようにかわした。

「ええと……ということは────」

 たとえ姿形は同じでも、魔物には各々効きやすい攻撃とそうでない攻撃があることが分かっている。

 パターンΨ(プシー)、Σ(シグマ)、Ϸ(ショー)──そして、依然サンプルが少ないため未解明な部分が多い、Χ(キー)。

 人類の叡智(えいち)を結集してつくりだされた解析システムによって分けられる魔物のパターンは、どの武器による攻撃が有効かを示す。それぞれの武器の形状とはまっている玉のカラーによって適合性は大きく変わり、不適合武器での応戦は命に関わりかねないほど危険だ。

 久々の異なるパターンの三体同時出現と、それに対応するためのツーマンセル(二人一組)。

 ノーチェがこの場にいないのがじれったい。
 六人揃っていれば、こういう不測の事態に的確に対処するのはノーチェの役割だ。しかし、そうも言ってられない。

 今日の千歳のバティであるロッソは、こういうことを考えるのは最年少のジネストゥラと同じくらい苦手だ。

 いや、ふたりの役目はそういうことではないから、それでいいのだ。
 彼らの強みは、中性色にはない高い攻撃力を発揮する三原色の玉の入った、大型武器を操れることだ。ふたりの武器はパターンさえ適合すれば、魔物に痛烈なダメージを与え、時には一撃で仕留めることさえできる。
 
「斬撃と緑が効いていて、橙と赤が全く通らないのだから───」

 また、魔物の爪が伸びてくる。千歳はぶつぶつ言いながらも、体をひるがえして避ける。羽織りと袴(はかま)のすそが大きくなびいた。

「チトセー! どうすればいいーーーー?!」

 ロッソが大斧の柄を両手で持ったまま、サイドステップで魔物の牙を際どいところで避けた。重量のある武器を扱うロッソは回避があまり得意ではない。

 好戦的で、攻撃に関してはチーム一と言って良いほど頼りになるロッソの必死の形相と、哀願するような情けない声に、千歳は不謹慎にも笑みをもらした。意外とかわいいところがある。

 緊張がふと緩むと、ぽんと正解が浮かんだ。

「Σ(シグマ)だ。シグマなら…… 今日のミルティッロのバティはジネちゃんだし、ノーチェの班でなければだめですね」

 千歳はロッソを呼んだ。

「ノーチェにコンタクトを取るから、少しだけ頼みます」

「お前、端末の操作遅いだろ! 絶対少しで済まない!」

 怒った獣のように目をつり上げたロッソに、千歳はごまかすように笑う。

「なるべく、急ぎますから」

 大型武器を持つロッソは、咄嗟の回避が遅れるため戦闘状態で端末を使わせるわけにはいかない。

「一分だけな!」
「……三分でお願いします」
「じゃあ、二分。帰還したら炭酸おごれよ」

 悠長にも不毛な取引を成立させて、千歳は端末を取り出した。

「ええと」

 魔物周辺は瘴気(しょうき)が発生しており、そのエリア内では、一般的な通信装置はすべてだめで、この特殊な端末と通信ラインだけが生きている。

「si gu m……aどこ?」

 ────Σ(シグマ)の可能性有。応援を頼む

 ノーチェの端末に宛てるテキストメッセージはそう入力するつもりだった。しかし、「a」が見つけられず、そこで止まる。

 視界の隅で刃を弾かれてまたロッソが体勢を崩した。大斧は牽制には向かない。

 千歳はとっさに履いていた下駄を右、左、と飛ばす。少しでも魔物の気を引きつけられればそれでいい。

 下駄はまるで小石のように魔物の体に当たる前に弾かれたが、案の定、魔物はこちらを向いた。

 そのとき千歳の指が、「送信」ボタンをかすめる。

「あ、あ!」

“sigum”とだけ入力された謎のテキストメッセージはノーチェに送信された。

「あ~あ……」

 送信完了を示す画面に映った「COMPLETE」の文字を見て、千歳はため息をついた。まあ、でも、察しが良すぎるくらいのノーチェのことだから、気がついてくれる可能性は高い。

「ロッソ、魔物同士を合流させないように適度にいなしながら、ノーチェの指示を待ちましょう」

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