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『うっかり少年』(ショートショート)

 中学3年生の聖也と努は、聖也の家で、何をするでもなく、ダラダラと過ごしていた。

 「努、刑法って知ってる?」

 「聞いたことあるよ。法律ってやつでしょ? 俺んとこ、親が弁護士なんだけど、誕生日に『六法』っていう分厚い本をプレゼントされたことあるよ。まあ、1回も読んだことないけどね。刑法がどうかしたの?」

 「なんかさ、兄ちゃんから聞いたんだけど、俺らみたいなガキが犯罪をしても、処罰されないっていうルールが、刑法にあるんだって」

 「何それ? どこからの情報? 聖也の兄ちゃんって、高校生だよね? 法律の勉強してんの?」

 「いや、兄ちゃんは、彼女から聞いたって言ってた。兄ちゃんの彼女、大学で法律の勉強してるらしくて、法律のことをいろいろと教えてもらうんだって。んで、それを、兄ちゃんが俺に教えてくれるってわけ」

 「なるほどね。だけど、なんか信じられないなあ。犯罪をしても、逮捕されないってことでしょ? そんなヤバいルールがあるとは思えないけど」

 「それが、あるんだって。たしか刑法の、41条って言ってたかな。『14歳以下の者が犯罪をしても無罪になる』だったと思うけど、法律を勉強してるやつからの情報だから、間違いないっしょ。俺たち、ギリギリ14歳だから、犯罪やり放題だぜ。今からどっかの家を燃やしに行こっか? あ、努ごめん。電話鳴ってるから、ちょっと出てくるわ」

 そう言って、聖也は部屋を出て行った。努は、聖也が言っていた事を、俄には信じることができず、自分で調べてみることにした。数分後、聖也が戻ってきた。

 「お待たせー。今日は遅くなるって、母ちゃんからだったわ。だから努、今日は泊まってけよ。冷蔵庫にビールあるけど、飲む? 兄ちゃんの部屋から、タバコくすねてきたから、一緒に吸おうぜ。それより、なんだよ、真剣な顔でスマホ睨みつけて。人の家でエロい画像でも見てんのか? これだからムッツリスケベ君は。あっ、ティッシュならベッドのとこにあるからな」

 「違うじゃん」

 「違うって、なにが?」

 「刑法の41条を調べてみたけど、『14歳に満たない者の行為は、罰しない。』って書いてあるよ。つまり、処罰されないのは14歳未満だから、13歳以下ってことだよ。ほら、あれだよ、『18禁』と一緒だよ。18歳以上は大丈夫だけど、17歳以下はダメってやつ」

 「そんな。兄ちゃん17歳だけど、レンタルビデオ屋で普通にAV借りてるのは、犯罪ってこと?」

 「詳しいことは分からないけど、そうなんじゃないの?」

 「それじゃあ」

 その時、遠くの方でパトカーのサイレンの音が聞こえた。その音は、だんだん聖也の家に近づいてきている様子だった。

 「聖也、どうした? 急に黙りこんで。なんか体が震えてるぞ」

 「努、どうしよう。俺、やっちまった」

 「やっちまったって、何を?」

 「兄ちゃんから聞いた情報を鵜呑みにして、俺、犯罪やっちまった」

 「情報って、さっきの刑法のやつか? 一体、何をやったんだよ?」

 「昨日、何か金目の物を盗もうと思って、近所の金持ちの家に侵入したんだ。その時、家には誰も居なかったんだけど、何を盗むかに集中しすぎて、気がついたら住んでるやつが帰ってきてて、見つかっちまった。そこで一悶着あって、俺が持ってたナイフが、相手の腹に刺さって、なんか怖くなったから、慌てて逃げ出したんだよ。そしたら、たまたま通りかかった女子中学生らしい子に、その家から出るところを見られたから、口封じのために、ひとけのない場所に連れて行って、襲った」

 「聖也、お前」

 「努、どうしよう」

 「どうしようって、聖也、かなりヤバくねえか?」

 さっきまで遠くに聞こえていたサイレンの音は、聖也の家の前まで来ると、鳴り止んだ。そして、何回もインターホンが鳴らされたが、聖也と努は見つめ合ったまま、動けなかった。聖也の心臓の音か、それとも家に入り込んできた警察官の足音か、「ドンドンドンドン」という激しい音が、聖也の体を揺らしていた。


〈終〉

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