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私なんて…

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こんばんは、疾風 遥です☆彡

またマンボウが発令されていて、20時で色んな所が閉まっちゃう…。
慌ただしく買い物をしたり、食事をとったり。
そんな中、私はさっき近所のフードコートで夕ごはんを食べてきました。

もともと1人でする外食は寂しいなぁ、と感じるタイプなのですが、
周りに人が少なく、もうそろそろ閉店ですからねぇという雰囲気も、少し追い出されそうな気持になって、窮屈ですね。

私なんて…


題名に書いた、「私なんて…」。
多くの人が、少しは思ったことがあると思います。

小さい頃、病弱で毎週のように病院に通った記憶。
姉がまだ遊び足らないのに、私のために帰る記憶。
周りができることがなかなかできるようにならない記憶。

昔の記憶を呼び起こすと、本当に「私なんて…」という言葉しか出てこないんじゃないか、って思うようなことがたくさんあります。

親が私を見る目はいつも心配の眼差し。
世間が私を見る目はいつも同情の眼差し。

「私なんて…、生まれてこなければ良かったのに」
「私なんて…、あの時助からなければ良かったのに」

だって、そうしたら、今心配している親はもう心配する必要はないし、
もうこの世に私が生きるスペースを誰かのために使ってもらえる。

本気でそう思っていた過去があります。
親に「なんで生きなきゃいけないの?」って聞いたこともあったように思います。

母から「そんなこと言わないでよ。あなたが生きてるだけで幸せなのよ。」って言われた。
でも、毎日辛そうに自分の限界を超えて子育てをする母が、本当に幸せなのか、当時は分かりませんでした。
私に気を遣って、そう言ってるんじゃないかとも思ってました。

でも、今だからこそ、分かります。
本当に母は、「私が生きてるだけで幸せ」なのだ、と。

母に限らず、父も姉も、友達も、職場の人も。
私の大切な人すべてがそう思っていてくれることに。

なぜって?
反対に考えてみて欲しい。

両親や、友人、職場の人。
仮に急に明日、訃報を聞いたら。

悲しくないですか?
辛くないですか?

仮に嫌な奴だったとしても、「あー死んでせいせいした」って思うような相手は、なかなかいないはず。

だから、私は生きる。
自分のために、生きる。

たとえ、どんなに普通じゃなくても、障がいだけじゃなく、Xジェンダーや、色々な生きづらさを感じながらも、それが私の人生だから。

無理して上向く必要もない。
焦らなくていい。

相手を大事にするように、自分を大事にして。
それが、結果的に相手を大事にすることにもなるから。

昔の私が辛かったのは、本当。
だけど、だから今の私も辛い。と考える必要はない。

昔辛かった分、より幸せを感じれるはず。
無理して感じる必要はないけど、昔ほど辛くはないはず。

あなたが誰かの人生を否定する権利がないように、
誰もあなたの人生を否定する権利なんてないのだから。

だから、自分は自分の人生を肯定してあげて欲しい。
せめて否定はしないで欲しい。

これを読んでるあなたは、今生きているのだから。

疾風 遥

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