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父親にできる事は何だろう

父親にできる事は何だろう。

私には2人の子供がいるが
彼らと接するとき時々これを考える。

別に父親とか母親ということを
意識する必要はない気もするが、
父親として彼らに何を与えて
やることができるのかを
時々考えてしまうのだ。

昨日は連休最終日であった。

息子の夏休みの宿題を朝から
一緒に片付けてひと段落ついた時、
突然妻が隣町の本屋に行くと言い出した。

書店巡りは妻の趣味の一つなので
私が快諾すると
ほどなくして妻が出かけていった。

そこで私は
子供たちと一緒に連休最終日の
数時間を何をしようかと考えた。

車は妻が乗っていったので
遠出をすることは難しい。

家でYouTubeを見ておけと言うことは
簡単ではあるが、
それなら別に私でなくてもいいのだ。

そう考えて、結局私は子供たちと
歩いて15分ほどのスーパーに
一緒に買い物に行くことにした。

翌日から平日に戻るので色々と
買っておかないといけないものが
あったからである。

早速出かけたのだが、
時々子供たちと行く散歩と同じでは
面白くないので私は息子にある提案をした。

それは妹を息子がサポートすることである。

娘はまだ4歳なので、外に出かけるときには
いつも私が手をつなぐのだが、
昨日はそれも含めて息子に任せることにした。

娘は道中で色んな事に気が付いて
歩みが止まるので、
それに合わせて一緒に止まり
都度いろいろなことを教える息子。

当初想定していたよりも時間がかかって
ようやくスーパーに到着すると、
次は子供たちに今日買うものを
選んで取ってくるミッションを与えた。

時々一緒に来るスーパーも
自分が何かを取ってこないといけないと
思うと、見え方が全然変わるものである。

二人で相談しながらアチコチを探し
必要なものを私に見せてから
カゴに入れていく。

そうして買い物が終わり、
帰り道は荷物があったため
大した距離ではなかったが子供たちと
バスに乗ることにした。

私たちが住むのは田舎町なので
バスの本数は少なく、
子供たちが自分が住む町で
バスに乗る機会はこれまでなかったからだ。

バス停でバスを待っている間も
早く来ないかと楽しみにする子供たち。

バスが到着し、乗るとあっという間に
家の最寄りのバス停に到着した。

「乗ってたの一瞬やね」と言いながら
笑う子供たち。

家に帰り、買ってきた食材を使って
私は調理を始めた。

このままいつものように過ごしても
よかったのだが、
折角買い物に一緒に出掛けて
息子に娘の世話係を頼んだので、
風呂の準備をして娘を風呂に入れるという
ミッションを息子に与えた。

気分屋の娘をうまくコントロールするのは
なかなか難しいのだが、
そんな娘をうまく誘導して
風呂に連れて行く息子。

しばらく風呂からキャッキャという
楽しそうな声が聞こえてきた後
子供たちが出てきた。

その間に食事の準備を済ませ、
ほどなくすると妻が帰ってきた。

妻は子供たちがいつもよりも
妙にテンションが高く、
とても楽しそうにしてるのが
不思議だったらしい。

何をしたのかと私に聞いてきた。

私も子供たちが妙に楽しそうなのが
不思議だったのだが、
ここで冒頭の問いの一つの答えが
ある気がしたのだ。

それは冒険に連れていくことである。

実質この日にしたことは
いつもと大して変わらないことであった。

スーパーに買い物に行って
風呂に入っただけである。

しかし、その中に色々なミッションを与え
いつもと違う帰り方をすることで
子供たちにとっては冒険になったのでは
ないだろうか。

息子にとってはその冒険の中で
私に任されたミッションをこなしたことが
嬉しかったようであるし、
娘にとっては息子にリードしてもらうことが
新鮮で楽しかったようである。

もちろん、これは父親でないと
できないことではない。

しかし、子供たちの特徴に合った
冒険のメニューを選んで連れて行くことは
私だからこそできる事である。

昨日は数時間ではあるが
そんな冒険を子供たちに提供できて
私も嬉しい経験となった。

次はどんな冒険に連れて行ってやろうか。

これを考えるのも父親の喜びなのかもしれない。


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