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お風呂がなくて温泉通い

 東京から香川に移住するにあたってお借りした古民家のお風呂が壊れていることに、引っ越してから気づきました。困ったなぁ、とはそれほど思わず、じゃあ温泉通いをしよう!ということになりました。

 調べてみると、自転車で30~40分くらいの場所に温泉を2か所発見。香川で初めて訪れた温泉では、洗い場で隣同士になったおじさんが話しかけてきて、ひげ剃りについて熱心に語り始めました。今どきのひげ剃りは改良されてて血が出ないとか、何枚歯だとか、おじさんは昔は血まみれになってひげを剃っていたとか、おじさんのひげ剃り話を聞けて、地元の方との温泉コミュニケーションもなかなか面白いなぁと思いました。自転車で行ける距離に温泉があるのはいいけれど、上り下りの坂道をこいで家に帰る頃には汗だくで、またすぐにでもシャワーを浴びたくなるので、ひげ剃りおじさんが登場するこの温泉は一度で終了となりました。

 結局、自転車で温泉通いは汗だくになるのでNG、ということで、電車で通える温泉に落ち着きました。その温泉は「仏生山温泉」といい、モダンなおしゃれな建物で、待合室のような場所には、「50メートル書店」といって、五十メートルの長さの棚に古本がずらっと並べられているコーナーがあって、毎回、それらの本をひと通り眺めるのも楽しみでした。

 温泉はやっぱり、思いがけないコミュニケーションが発生します。あるとき、脱衣所で服を着替えていると、観光で来たらしい若者に、「修業されてるんですか?」といきなりきかれてびっくりしました。ぼくがふんどしを履いているのを見てそう思ったようです。どう見ても山伏には見えないと思いますが、ふんどしを履いている人は修行中だという発想が面白かったです。その方はタオルを忘れてきたことに気づいて慌てていたので、ぼくは自分のリュックの中から、温泉通いで集めた無料タオルを一枚差し上げました。やっぱり修行してる人っぽく見えるかもしれません…。

 電車で出かけて温泉に行くと、家と畑の暮らしとは別世界で、ちょっとした小旅行気分になれて、いいリフレッシュになっていました。香川暮らし一年目は特に、一日中畑仕事をしている日が多く、毎日同じようなことばかり続けていてよくうんざりしてこなかったなぁと思いますが、しょっちゅう温泉へ出かけて気晴らしができていたのも大きかったかもしれません。

 今の日本では、自分宅のお風呂に入る人が多いですが、ひと昔前は銭湯通いが普通だっただろうし、家にお風呂がなくても大丈夫、というのを経験できたのは面白かったです。夏場は庭のホースでシャワーを浴びたりもしました。冬は毎日お風呂に入らなくても大丈夫だし、どれくらい入らなくても平気なのか、という実験にもなりました。

 とは言え、電車で温泉通いをするとなると、行き帰りで何時間もかかるので、日常の中でお風呂にずいぶん時間を使うことになります。数年間、家にお風呂なし生活を体験した後、お風呂のついた離れに住んでいた方が引っ越したのでそこも借りて、家でお風呂に入れるようになると、その便利さにびっくりしたのを思いだします。

(イラスト:ハザマサキ

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