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第55話「鳩が飛ぶのを見てみたい」

市川夏菜子と内山田信雄の遺体が発見されたのは、私が退院してから数日後のことだった。偶然、テレビのニュースを見て知った。ニュース番組によると、レインボーブリッジから投げ捨てられたと報道している。遺体の損傷は激しく、背中や腹部に無数の刺された跡が残っていたらしい。

娘の尚美と報道を観ながら、視線をふとテーブルの上に置かれた一枚のDVDに移した。数日前、ポストに投函されていた一枚のDVD。新聞紙に包まれて宛名も書いていなかった。送り主は開封したときにわかったが、いざ観るとなるには勇気が必要だった。

透明のケースに入ったDVDの表面には、マジックで和泉様へと書いてあった。同封されていたのはワープロで打たれた手紙。私は娘を隣に座らせて恐る恐る手紙を開いた。

和泉へ

傷の具合はどうですか?この手紙が届く頃、我々は犯罪ごっこから手を引こうと思っています。手紙と同封したDVDを託します。君たちが観るのか、それは判断に任せる。

だが、観るべきものではない。

我々は世間から知られることなく消えていくことだろう。それは闇に堕ちた我々の宿命。君たち親子に迷惑をかけたと思う。だから、我々は報復というカタチで抹殺した。これは個人的な感情かもしれない。尚美まで手にかけようとしていたことが許せなかった。

我々のことは心配しないでほしい。すでに警察の方も行方不明という結論で片付けているだろう。恐らく、これで組織は存在しながら解散という末路で終わる。終焉とも言えるかもしれないが、やはり君たち親子が踏み込んではいけない領域だと思ってくれ。

最後になりますが、尚美を大切にして、いつまでも幸せに暮らせることを願っております。

木島直樹

木島くんからの手紙を何度読み返したか。それは、私たち親子の中で解決しないまま終わりを迎えたからであろう。彼ら、同級生たちが集まって結成された組織。それは、本当に犯罪ごっこということだけなのか?

何を目的として組織を結成した。連絡のつかなくなった純菜はどうしてる?大貫咲は何を知ってしまった!?

今後、私の夫だった浩史は何を思って生きていくのか?大神日和は死ななければいけなかったのか。そんな疑問が湧き上がっていく。数えればキリがないほど謎のまま終わらされた。

結局、その日は何をするにも手がつかなかった。非日常から普通の日常へと戻ったけど、やっぱり知ることのできない歯痒い気持ちが大きかった。その点、娘の尚美は気持ちの切り替えが早かった。大学が夏休みに入り、バイトに明け暮れる日々を過ごしている。

木島くんからの手紙を読んで、もう手の届かないところへ行ったことを受け止めたのだろう。いや、それでも尚美の本心まではわからない。だけど、ここ最近は私と娘の会話も多くなり、昔の頃みたいに話せる関係に戻りつつあった。これも、事件に巻き込まれたことがきっかけなのは否定できない。

これでホントに終わりなのだろうか?

だけど、私たち親子はまだ送られてきたDVDを観ていない。

いつか観れる日が来るまで、本棚へ本と一緒に並べていた。ホントに心から気持ちの整理がついたら観るだろうと、そんなことを思いながら生きていくのだろう。

第56話につづく

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