葉桜色人(hazakura/sikito)

小説や散文詩などを書いています 気まぐれでイラストなども お暇なときに寄り道して頂け…

葉桜色人(hazakura/sikito)

小説や散文詩などを書いています 気まぐれでイラストなども お暇なときに寄り道して頂ければ幸いです

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小説「レジ打ちの棚内昭子は世界の数字を支配している」

独身の棚内昭子はこの道のプロである。この道と言うのは、スーパーのレジ打ちであった。地元のスーパーで働き始めたのは二十歳の春。 気が付けば28年も働いていた。年齢も四十八歳と肌の折り返し地点に迫る。見た目は四十代前半に見られるが、年々足腰が弱くなってきてると、最近の昭子は口にしていた。 それでもレジ打ちに関しては年々速くなると言っていた。つまり昭子は歳を重ねるごとに、レジ打ちのスピードが上がっているという訳だ。 それでも日によって調子が悪い時もあると教えてくれた。尋ねると

    • 第13話「黒電話とカレンダーの失意」

       僕の股の間から人影が伸びたとき、僕は姉さんのことを思い出した。姉さんが死んだあの夜のことを。  無意識に走っていた。その場から一刻も早く逃げ出したかったからだ。神秘的な場所が一瞬で恐怖の場面へと変えられた。得体の知れない何者かが僕の背後から近づいてくる。  確かめるなんて簡単じゃない。草むらを掻き分けて必死になって神社へ向かった。  アクション俳優みたいに垣根を飛び越えると、僕は黒い幹の松の木へ身を隠した。沈黙していた胸の鼓動が激しく波打つ。息を整える余裕さえなかった

      • 第12話「黒電話とカレンダーの失意」

         口から想いが溢れそうになったとき、僕は唇を奪いたい衝動にかられた。ほとばしる想いが胸を熱く焦がす。彼女の潤んだ瞳が何かを伝えようとしている。  ハッと我に返った!  目の前の彼女が胸元から懐中時計を取り出して、秒針の無い長針と短針をクロスさせたからだ。気持ちのクロスをはぐらかされたような気分だった。胸元から懐中時計を取り出した瞬間、肌着で隠れていた胸の谷間が目に焼き付いた。 「もうこんな時間だね。帰らなきゃ」と彼女は懐中時計を僕の方へ見せるようにかざした。  時刻は

        • 第11話「黒電話とカレンダーの失意」

           僕たちが林の奥へと歩き出した瞬間、草むらの下で虫たちが一斉に鳴き始めた。音色に包まれた空間は心地良いリズムで肌を触り、不思議とロマンチックな心へ変化させる。  きっとロマンチックになっているのは僕だけかもしれないけど、目の前を歩く彼女の姿に心を奪われているのは間違いなかった。  姉さんみたいな雰囲気を持った彼女。  一体、何歳ぐらいの人なのか?見た目は同い年ぐらいに見えるけど、落ち着きのある話し方やたたずまいではわからない。だけど年下とも思えない。もしかしたら、姉さん

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        小説「レジ打ちの棚内昭子は世界の数字を支配している」

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        • 潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く
          77本
        • 葉桜通信
          6本
        • 読切作品
          23本
        • 琵琶湖の飛び魚と呼ばれた男
          2本
        • 山小屋の階段を降りた先に棲む蟲
          3本
        • 合作小説きっと、天使なのだと思う
          10本

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          第10話「黒電話とカレンダーの失意」

           闇夜に包まれた林の奥から人影が見えたとき、胸に抱いていた猫が僕の腕から離れるように飛び跳ねた。素早い動きで垣根を越えて草むらの影と同化して消えた。まだ僕の目には誰の姿も確認できないけど、林の奥で彼女の声が聞こえて来た。  その様子をジッと見つめたまま待っていると、草むらを掻き分けて彼女が猫を抱いて現れた。 「あ、こんばんは。やっぱり会えましたね」と彼女が心地良い声で挨拶をして来た。  薄暗い影が彼女の顔半分を覆っていたので僕からは良く顔が見えなかったけど、数日前の夜に

          第10話「黒電話とカレンダーの失意」

          第9話「黒電話とカレンダーの失意」

           僕と一匹の猫が鳥居を潜って、静寂な境内足を踏み入れた。真っ暗な神社を見て、こんなにも不気味な雰囲気だったのかと思った。静寂すぎるのも、恐怖の兵隊が行進しているみたいだ。  足元で猫が頬をすり寄せて来たので、僕は抱きかかえて胸に抱いた。抱きしめるよう猫を胸にして、僕は見慣れた賽銭箱に向かって歩いた。今宵の月明かりは明るく、神社の屋根を照らすように光っていたが、頼りない光に寂しさが胸を締め付けた。  やっぱりあの子の姿はなかった。  辺りを見渡してみるが、あの夜と同じよう

          第9話「黒電話とカレンダーの失意」

          第8話「黒電話とカレンダーの失意」

           秋の夜長、僕は買っておいた煙草に火をつけてベランダで一服した。遠くの家から出しっ放しの風鈴がチリンと鳴っては、遠くの方で夏の蝉が鳴いているような錯覚を感じる。  この街で生まれて僕はずっとこの街に住んでいた。特に地元が好きというわけでもなかったけど、かと言って街を出て一人で暮らす余裕もなかった。  そんな勇気さえなかった。  だけど、この街が嫌いとは思っていない。夜になると静寂に包まれる街並みが好きだ。こんな風に秋の夜長を過ごすには、うってつけの静かさが漂っていたから

          第8話「黒電話とカレンダーの失意」

          第7話「黒電話とカレンダーの失意」

           アパートの庭先で、僕は七輪を使って秋の秋刀魚を焼いていた。部屋の中だと煙たくなるので魚を焼くときは、こうしてアパートの庭を利用していたのだ。食にこだわりはなかったけど、秋刀魚に関しては好物だったので秋になると楽しみにしていた。  秋刀魚の表面に焦げ目が付いて食欲をそそる脂が出てきた。僕は用意していた皿を縁側に並べて、缶ビールを一本空けた。グラスに注がずそのまま飲んで喉を鳴らした。  そのとき、風の方向が変わって秋刀魚を焼く煙が僕の顔を覆うように流れてきた。片目を瞑って染

          第7話「黒電話とカレンダーの失意」

          第6話「黒電話とカレンダーの失意」

           黒い服に身を包んだ人たちが帰る頃、僕たちも帰宅した。帰りの道中、平家が明日は仕事が早いからと駅の方向へ向きを変えた。 「また今度な」と平家は澄ました顔でそう言うと、その場から立ち去った。  僕も同じ台詞を返して、静寂な住宅街の中を一人で帰った。歩きながら夜空を見上げると星が一つも無い。まるで、加代ちゃんの通夜に合わせるように静かな夜空が広がっている。僕は何となく心を静かにしようと、無心で歩き続けた。家族を失った日のことは一生忘れることはない。  だけど、忘れないことは

          第6話「黒電話とカレンダーの失意」

          第5話「黒電話とカレンダーの失意」

           風の便りでチャコは僕と別れたあと、新しい恋人ができたとそんな噂話を耳にした。 「悪い悪い、遅かった?」と平家がベンチの前で立っているチャコへ声をかけた。  チャコにとってはかけがえのない親友が亡くなった。加代ちゃんとの思い出が薄い僕らとじゃ、とうてい計り知れない悲しみがあるに決まってる。  こんなとき、どんな風に接したら良いんだろうか?そんなことを思いながら僕は三年ぶりにチャコの顔を見た。 「来てくれたんだ…」とチャコが目を逸らしながら呟いた。 「うん。久しぶりだ

          第5話「黒電話とカレンダーの失意」

          第4話「黒電話とカレンダーの失意」

           黒電話が一回だけ鳴る。鳴らしたのはアパートの前で煙草を取り出した平家の仕業だ。これは決め事で一回だけ鳴らすと、僕に用があるってこと。二回鳴らしたら姉さんと決めていた。携帯電話を持っていないこともあったので、僕たちの中でルールとして決めていたことだ。  僕は着慣れないスーツに身を包んで、平家の元へ向かった。階段を降りてる途中で、僕の方を見て平家が手を挙げてきた。僕も手を挙げて無表情な顔して返した。すると平家が一本だけ煙草を手渡してから歩き出した。 「ほら、ライター。通夜は

          第4話「黒電話とカレンダーの失意」

          第3話「黒電話とカレンダーの失意」

           数少ない友達から、同級生が亡くなったと知らせを受けた。友達と言っても、その子は小学校までの付き合いだった。名前を聞いて覚えがあるかと聞かれたら、それは困るほど記憶として残っていない。それでもその子が病気がちで、学校を定期的に休んでいたことは知っていた。 「今晩、通夜があるんだ。お前も来るだろう。あとさ、聞いた話なんだけど吉橋の奴、亡くなる直前にお前の名前を口にしたらしいぜ」  吉橋加代ちゃん。クラスの女子から加代ちゃんは身体が弱いから、みんなで守ってあげましょうと放課後

          第3話「黒電話とカレンダーの失意」

          第2話「黒電話とカレンダーの失意」

           ザワザワと葉っぱの擦れる音が辺りを包み込むように鳴った。こんな真夜中に人と出会うこと自体、奇妙で不思議な出来事だった。肩まで伸びた黒い髪の毛が、風で毛先の一つ一つをピアノ線のように揺らした。 「こんばんは、こんな時間にお散歩ですか?」とその女性が話しかけてきた。  僕に話しかけているのはわかっているが、こんな真夜中に出会ったことで返事を遅らせる。時刻は真夜中の一時を過ぎていた。お散歩ですかと言われても、そっくりそのまま目の前の女性に返したかった。  だから、女性の質問

          第2話「黒電話とカレンダーの失意」

          第1話「黒電話とカレンダーの失意」

           日めくりカレンダーを破り捨てたあと、僕はかかってきた黒電話の音に耳を塞いだ。あの人からの電話だと考えるだけで、突然の夕立ちみたいに胸がざわつく。  部屋着のまま玄関まで行くと、僕は鍵もかけずにマンションを飛び出した。どうせ取られるものはない。そんなことより鳴り続ける黒電話の音から逃げることが先決だった。  真夜中の住宅街を歩いて、近所の神社へと向かった。荒れ果てた石階段を登り、夜風の中に身を任せては鳥居を潜った。梟の鳴き声が神社を取り囲む林の闇から聴こえて、あたりの静け

          第1話「黒電話とカレンダーの失意」

          葉桜です。長編小説の連載も無事に終わりました。さて、18日から新作を連載します。

          葉桜です。長編小説の連載も無事に終わりました。さて、18日から新作を連載します。

          第115話「世の中はコインが決めている」

           数ヶ月後……  『名もなき会社』の秘密は忘れることはできない。それでも僕たちは胸の中に閉まった。あれから僕の生活は変化したし、無事に『名もなき会社』も辞めた。  その後、店長の阿弥陀や賽銭の奴がどうなったのか。それを知るはずもない。きっと銀次郎さんが処罰したのだろう。  と思ったけど、心の中では処罰じゃなくて『始末』されかもしれない。その可能性は大いにあった。僕たちは運が良かったのか。とにかく無事に生活している。環境も大きく変化した。  親友の正論くんと立ち上げた会

          第115話「世の中はコインが決めている」