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第12話「蛇夜」

悪酔いした気分で目が醒める。悪夢のような体験をした。脇汗はびっしょりで肌着がビチャビチャに濡れていた。
頭を掻きながら布団を抜け出そうとしたとき、俺は薄暗い部屋の光景に胸を締め付けられた。


ここは、この部屋は。


何もかも記憶の中の光景だったと言われてる。今ある光景は昔の自分が見てきた光景だと。非科学的なことだけど人は一度経験したことを何度も何度も繰り返していると言われていた。


懐かしい土壁に日焼けした畳。近所の人から貰った本棚。真ん中の釘がバカになってグラついている。重さのある辞書などを並べたら、いつも棚が斜めになっていたっけ。とにかく目が覚めたら、そこは俺が子供の頃に過ごした部屋だった。


手のひらで身体を確認する。短い手足に短い髪の毛。無精髭だった顎を撫でても髭は生えていない。ツルツルの肌に頬は絆創膏が一枚貼ってあった。


子供に戻っている。いや、少し違う。子供時代に過ごしていた田舎の家で目が覚めたのだ。つまり何十年と帰っていない実家。


これも悪夢の続きなのか!?それとも過去にタイムスリップしたのか。だけど、不思議なのは思考が大人の俺ってことだ。仕事ばっかりしている俺の記憶と子供時代の記憶が混同している。


とりあえず頭と身体は繋がっていた。そこだけはホッとしたが、まずはこの状況を理解しなければ。第一に部屋の中が薄暗かったのは夜中ということ。第二に俺自身は子供で、頭の中の思考は大人の俺ということ。

ここが実家で俺の部屋だとわかるが、昨夜の記憶は何者かに首をもぎ取られたという記憶だ。


懐かしい部屋を見渡しながら、蒸し暑い夜に部屋の窓を開けようとした。窓から見える風景も住んでた頃と全く同じだった。だんだんと記憶が蘇り、子供時代の友達とか近所の光景が頭の中に浮かんだ。


窓を開けると蝉の鳴き声が聴こえる。そうだ、そうだ、毎年、夏は蝉の声が鳴り響いていた。部屋の片隅に虫カゴと網が見える。夏になったら夢中で蝉を追いかけていたっけ。でも、高校になり、俺は田舎暮らしが嫌になって上京したんだよな。それから何やかんやで両親とも疎遠になって。


これが夢なのか、過去にタイムスリップしたのかわからないが、下の階に寝ている両親が居るのか確かめたくなった。特に父親の顔を見てみたい。

生前、親父からたまには家に帰って来いと言われていた。それでも俺は仕事が忙しいと断り続けた。いや、無視していたと言った方が正しいだろう。


結局、親父は心不全で亡くなった。上京してから一度も帰らず、死目にも会えなかった。


俺は、なんて親不孝もんなんだろう。


硝子戸を静かに開けて、闇の深い階段が眼下に広がっている。子供の頃、この急な階段を滑るように降りては、外に出て遊びまわっていた。玄関を開けっ放しにしては母親の怒鳴り声が聞こえていたな。


ノスタルジーな気分に酔い、深い闇の階段を確かめるように降りる。


ギシ、ギシ、ギシ……ギシ、ギシ、ギシ……


あの頃と変わらない音。きっと下の階で両親は寝ている。俺は夢と希望を胸に父親との再会を願った。


第13話につづく

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