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第96話「世の中はコインが決めている」

 僕がスナックへ来てから三十分が過ぎた。正論くんが席を立って、僕のボックス席へやって来た。

「そろそろ盛り上げてくれるか。それと嫉妬して変な行動はやめてくれよ。店長、僕の予想通り、随分と狛さんのことを気に入ってるみたいだから」と正論くんはそれだけ言うと、トイレへ行ってしまった。

 何となく釘を刺された気分だ。でも、嫉妬するなと言う方が無理だった。ワンピース姿の狛さん。胸元が大胆に開いていたし、店長は酔っているのか狛さんの肩へ手を回していた。

 正論くんがトイレから戻り、僕は盛り上げようとカラオケで歌い始めた。すると、カウンター席で店長がご機嫌に笑い出したのだ。

「はは、どうしたんだよ。鳥居くんじゃないか!もしかしてここの常連なのか?」

「あれ、鳥居くん。へぇ、君みたいなタイプがスナックに来るなんて意外だな」と店長に続いて正論くんが割って入って来た。

「店長、鳥居くん呼んで良いですか」

「良いよ、良いよ。こっち来て一緒に飲もう」

 と、ここまでは作戦通り。僕は歌い終わると店長の席へ行く。挨拶をして手に持っていた生ビールで乾杯した。

「実はここのスナック、鳥居くんから聞いてたんです。ちょっと面白いことを聞きましてね」と正論くんが悪そうな顔をして言う。

「えっ、何々!?」と店長が顔を真っ赤にして聞き返す。こりゃ、随分と飲んでらっしゃるみたいだ。

「僕から話そうか?」

「そうだね。でも店長、内密でお願いしますね」と僕も悪ノリして店長へ声を潜めて言う。

「あ、狛さん。ちょっとだけ席外してもらえる?」

「なんだよ、なんだよ。コマちゃんに聞かれたらマズイのかい?」

「店長、この男は何を隠そう。店の女の子と良い思いをしてるんですよ。なぁ、鳥居くん」

 これに関しては冗談でもなく、ホントの話である。正論くんの策略によって、ボックス席に居るハナちゃんと関係を持ってしまったのだ。

「実はですね。この店、常連客だけ秘密のルールがあるんです。気に入った女の子へコースターを渡して、そのあとトイレへ入るんです」

「そ、それでどうなるの?」と店長はすっかりその気になっている。

「わかりますよね。トイレでヤルんですよ。後腐れなしの一回だけ。まぁ、女の子によっては、そのあとの関係は自由なんですけどね」と正論くんはそう言って、耳たぶを触りながら一旦席を外した狛さんへ視線を移した。

 まるで、店長へ合図を送っているみたいだ。つまり、狛さんを誘ってみたらと言っているのだ。これも作戦のうち、店長がノッてきたらオッケーである。

 さぁ、どうする?

第97話につづく

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