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第27話「黒電話とカレンダーの失意」

 黒電話が鳴るたびに思い出してしまう。あの人からの電話に決まってる。その日も夕方過ぎに黒電話が鳴った。カレンダーの赤い印が、決まってあの人からの連絡だと知っていた。

 夕飯の支度をしていた姉さんは、買い忘れた物があると言ってアパートを出て行った。だからアパートに居たのは僕一人。暗黙のルールで、赤い印が付いた日は電話に出ないといけない。そんなルールに従って、僕はしばらく鳴り続ける黒電話を眺めていた。

 鳴り止んだときは何も思わなかったけど、時間が経つにつれて、黒電話の存在を気にしてる。やることがなかったのもあるけど、明らかに黒電話を何度も見ては考えた。月一回の電話をしてくる母親の詩子。どんな理由があって、連絡を取るのは姉さんだと決まったのかわからない。いやいや、正確にはそんなルールはない。

 あくまでも暗黙のルールを僕なりに感じ取って、赤い印の日は電話に出ないようにしていた。

 母親の声を聞きたいとか、会って話したいとか不思議と考えたことがなかった。きっと姉さんが母親の代わりをしてくれたから、寂しくもなかったのだろう。一度だけ食事中に黒電話が鳴ったとき、姉さんの表情が変わったのを覚えている。

 鳴り続ける黒電話を見つめながら、姉さんは溜め息混じりの声で呟いたのを耳に聴いていた。

「……やめてよ」

 そんな言葉を呟いたあと、姉さんは電話に出るとしばらく話し込んでいた。時折見せる表情は、いつもと違う顔だったのが印象として残っている。

 横目で僕の反応を確かめるように見たこともあった。そんな視線を感じながら、黙々と食事を終える頃には、姉さんの表情は元に戻っていた。

 僕は煙草を取り出して窓際に移動すると、マッチを擦ってから煙草に火を点けて吸い始めた。煙が網戸から抜けては、消滅するように景色と同化した。

 そして灰が伸びたとき、黒電話が再び鳴り始めた。一回、二回、三回と鳴り続ける黒電話。少しだけ耳障りだなと思ったとき、僕は姉さんの代わりに出ても良いんじゃないかと思ったんだ。

 テーブルの灰皿へ煙草を揉み消して、僕は立ち上がると黒電話の前に立った。

 まるで、母親の詩子が呼び出しているようだ。叫び声のように鳴り続ける黒電話。僕はカレンダーの日付を見てから、赤い印に気持ちが揺らいだ。

「出てみようかな」と独り言を呟いたとき、僕は受話器へ手を伸ばしていた。

チン!

「嗚呼、やっと出たのかよ」

 受話器越しから聞こえる声に男の人だとわかる。聞き覚えのない声に、動揺は隠せなかった。電話をかけてきた男は一方的に話し始めたので、僕はその内容をただただ黙って聞いていた。

 今月のお金を振り込むから、今度の休みの日を教えろと口にした。

「おい!霧子聞いてんのかよ!」

 ドスのある声を聞いた瞬間、僕は無意識に受話器を下ろした。電話へ出たことを後悔した瞬間でもあった。僕の知らない男からの電話が、このあと姉さんの死に繋がるなんて思いもしなかったけど、その日の夜、霧子姉さんは自らの命を絶つことになるのだった。

第28話に続く

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