【短編小説】 友達
わたしはいつも彼を待っていた。
誰からも忘れられているこの場所は、雑草も生えっぱなしになっていて、遊具も錆びついていたり、枯れ葉が積っている。
閑静な住宅街のなかにある、この小さい古びた公園は、どこか異質で不気味にみえた。
だが、この空間は私にとって、すごく居心地が良かった。
彼は、ふらっとこの公園に来た。わたしの公園に、彼がきてからは少し変わった。
彼と会ったのは、木々が緑から赤や黄色に変わってきた秋に変わる頃だった。
小さな彼は、この公園を見つけると、
自分が初めて見つけた場所だと言わんばかりに、わたしを差し置いて、この公園に居座った。
下手くそな歩き方で、遊具で遊んでいる。
わたしは、負けじと彼と少し離れた、いつも座るブランコに、いつも通り座った。
彼はわたしに気づくと、まるで、長年の友達かのように、挨拶すらせず話しかけてきた。
初めは、すぐ来なくなるだろうと思っていたが、彼はわたしの公園に毎日訪れるようになった。
彼がきてからというもの、彼に踏み荒らされた雑草たちは大人しくなり、遊具にも使用感を感じる。
古びた公園の異質さは、すっかり無くなった。
夕方になると、彼はわたしがいる小さな公園にくる。
空には雲が覆い、雨が降りそうだった。
わたしは、いつも滑り台のてっぺんで彼を待つ。
彼は、いつも決まった時間に来て、わたしは滑り台の下に移動する。
わたしと彼は、滑り台の下でいつもお話しをする。
彼は、その日にあった出来事を、拙い日本語でわたしに話してくれる。
わたしは、話をしている彼を横目に、返事もせずくつろいでいた。
わたしは徐々に彼を受け入れていた。
彼は話し終えると、今日は遊具で遊ぶことなく帰る。
雨はすこし降り始めていた。
寒さが落ち着いた頃から、彼が公園にくる回数は減った。
だんだんと、話の内容も家族やアニメの話だったのが、しょうがっこうの話、先生や友達の話ばかりになっていた。
わたしは彼の変化に気づき、ある出来事を思い出した。
少し前、わたしが街をさんぽしている時、彼を見かけたことがある。
彼と彼の友達数人が楽しそうに歩いていた。
お揃いの、見慣れない皮のリュックと黄色の帽子をかぶっていた。
わたしといるときとは違った一面を見た。
楽しそうに話す姿が、頭から離れなかった。
わたしは、そのとき悟った。
彼がこの公園に会いにくる回数が減っていった理由を。
多分、彼はだんだんこの場所へと来なくなっていくだろう。
これから、彼がいろいろな世界を知っていく度、彼のなかのわたしが、少しずつ無くなっていく。
でも、それで良いんだ。
わたしは、彼がくる前の生活に戻るだけ。
彼はわたしといるよりも、もっともっと楽しいことが見つかる。
わたしは彼が遠く感じて、切なさを感じた。
おもえば、わたしが、自分以外に心を開いたのは、はじめてだった。
生まれてから今まで、わたしは1人で生きていた。家族はいない。
わたしはそれを嘆いたり悲しんだりした事はない。
元からいない存在は悲しむ価値はない、そう思っていた。
そんな時、彼と出会った。
今まで1人で生きていたわたしにとって、彼という存在はすごく新鮮だった。
彼はわたしに、ただふつうに接してくれる。
唯一、友達と言ってもいい存在だった。
だから、彼が友達といた時の笑顔が、頭から離れなかった。
わたしには彼しかいない。だが、彼には私以外にも大事な相手がいる。
彼と一緒にいても、孤独だったのはわたしだけだった。
この喪失感を背負っていくことは、孤独だった時よりも、はるかに辛く感じた。
すべり台の上で座る。
わたしは「二ャ~」と鳴きながら、後ろ足で首をかく。
彼が来ない公園が、広くきれいな公園に見え、居心地が悪くなった。
それでもわたしは、彼を待っていた。
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