乱反射_表紙

乱反射 9.

 水曜日の五限の講義は地方自治法の講義だった。私は樹梨と一緒にこの講義を受けている。隣に座っている樹梨は終始眠そうだった。私は樹梨に構わず講義を受けていた。
 講義が終わると、講義室は緊張感から解放された。講義中、終始眠そうにしていた樹梨は大きく背伸びをする。
「終わったあ。もう眠かったよう、美月」
 樹梨は安堵したような声で言い、抱き着いてくる。
「知ってた。ずっと眠そうにしてたもん」
「ねえ、今から空いてる?」
 樹梨は突然食い入るような目つきで聞いてくる。
「空いてるけど、どうしたの?」
「ポルテに行きたいなって思って。あそこのパンケーキ美味しいって評判じゃない」
 樹梨が言うポルテとは、一か月前に出来たカフェだ。人気メニューは生クリームが大量に載ったパンケーキで、大学の女子を中心に人気らしい。私もゼミの同級生や先輩が噂をしているのを聞いたことがあるので、名前は知っていた。噂を聞いて、いつかは行ってみたいと思っていたお店だ。
「うん、行こ。私もそこ気になってたし」
 私がそう答えると、樹梨は小さくガッツポーズをした。
「ところで、ダイエットは良いの? それに、今日は練習に行かないの?」
 私は感じた素朴な疑問をぶつける。
「今日はスイーツを食べる日って決めてるから良いの。それに、今日は練習がお休みです!」
 樹梨は非常に上機嫌だった。彼女はダイエットとか言っているくせに、スイーツが大好物だ。だったらダイエット辞めれば良いのに、と私は思ってしまう。
 私たちは講義室を出て、学部の掲示板を確認する。明日の休講情報が目に入ったけど、私が受けている講義では無いので、関係のあるものではなかった。関係のありそうな情報は無さそうだったので、私たちは掲示板を離れようとする。すると、そこにはイヤホンを付けて掲示板を見ている見覚えのある男子学生がいた。水口くんだった。水口くんは私たちに気付いて、軽く手を挙げた。
「お疲れ。慎司も今から帰り?」
 樹梨は水口くんに話しかける。水口くんは右耳のイヤホンを外し、音楽プレイヤーを左手で操作する。おそらく音楽の再生を止めたのだろう。
「まあ、そうだな。お前らも帰るとこ?」
 水口くんは返答し、聞いてきた。
「そうね。今から美月とポルテに行くの。慎司も来る?」
「行かないよ。何で俺が女子二人とカフェに行くんだよ」
「良いじゃん。両手に花だよ。嬉しくないの?」
「別に。俺は夜からバイトだから、どっちにしろ行けない」
「えー、つまんない」
 水口くんと樹梨はこんなやり取りを続けている。二人は一年のグループ学習で同じ班になったことがあるらしく、それ以来面識があるとのことだった。男子とも簡単に打ち解けられる樹梨が本当に羨ましい。


 水口くんと別れた後、私たちはポルテへ向かった。ポルテは大学から歩いて五分ほどの場所にある。大通りに出る手前くらいにあって、学生が行きやすいと評判らしい。私は樹梨と他愛もないことを話しながら歩いていると、すぐに着いた。
 外装は白を基調としたシックなものだ。「porte」と店名が書かれた横には黒猫の絵が描かれている。このお店の人は猫が好きなのだろうかと、どうでも良いことを考えて店内に入る。店内は開放感があって、オレンジの灯りが照らしている。ボサノバが流れていて、若い女性が多い。友達とグループになって来ている人、パソコンを持ち込んでいる人、静かに読書をしている人、客は思い思いに自分の時間を楽しんでいるようだ。
 店員に案内され私たちは席に座る。二人でメニューを話しながら決めて、店員を呼ぶ。樹梨はパンケーキとホットのアメリカンコーヒーを注文したので、私も同じものを注文した。注文してからすぐに来たコーヒーを飲みながら、樹梨は「パンケーキ楽しみだね」と嬉しそうに話す。私は思わず笑みが零れて、「そうだね」と返した。
 少し待って、私たちのもとにパンケーキが来た。生クリームが大量にパンケーキにかかっていて、イチゴやブルーベリーといったフルーツがふんだんに使われている。樹梨は目を輝かせて、ナイフで食べやすい大きさに切ってフォークで食べる。
「美味しい! 美月も食べてみてよ」
 樹梨は幸せそうに私に促す。私も食べてみる。甘いクリームが口の中で溶けるように広がり、果実の酸味が良いアクセントになっていた。
「本当だ! 美味しい」
「でしょ!」
 樹梨は本当に幸せそうだった。見ているこっちも笑顔になるくらい、弾けるような笑顔だ。
「なんか甘ったるそう。よく食べられるわね。私は無理」
 隣にいる姉は美味しそうに食べる私たちを不思議そうに見ている。姉は昔から、こういった甘いスイーツは苦手だったなと思い出した。今も変わっていないみたいだ。

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