映画レビュー「鬼畜(1978)」~わが子を死なせなければならなくなった男の話

平凡な印刷屋が、過去の不倫によって生まれた三人の子供、そして本妻との関係に苦しめられる物語。松本清張による同名小説の映画化。
監督は野村芳太郎。
主演は緒形拳、岩下志麻。

何度も映像化されている作品だけれども、個人的にはやはり1978年の映画版がベスト。

緒形拳演じる印刷工竹中はとても気が弱くやさしい人物なのだが、だからこそ過去の行いを無視することができない。不倫相手に三人の子供を「あなたの子だ」と押し付けられ、鬼のように気が強い妻からは見下されるが、なまじ生真面目であるがゆえに逃げ出すという選択肢をとれず苦悩させられる。

当然、ただ彼が苦悩するだけでは観る側としても面白くない。だから状況はどんどん悪くなる。ただでさえ資金繰りに苦労している竹中は三人もの子供を満足に養うことができず、その上妻は彼らを激しく憎んでいるときている。よって、子供たちの生活環境はすこぶる悪く、それがたとえば虐待や死といったような、さまざまな悲劇へとつながってしまう。

後半、妻の子供たちに対する憎悪はエスカレートしていき、竹中に非人道的な手段を迫るほどとなる。かくして、不倫行為以外は平凡な小市民である彼が望まずしてタイトル通りの「鬼畜」となっていくのが本作の見どころ。

その生涯にかけて実に多種多様な人物を演じてきた緒形拳だが、この作品での演技はその中でもひと際よい。とても臆病で穏やかな性格であるからこそ自分の罪に逆らえず、非道な行為をせざるを得なくなった一人の人間を、すさまじい迫力と感情表現で演じ切っている。本当にすごい名優は悪役や正義の味方のみならず、ごくふつうの人間にも扮してしまうのだ。特にトラウマ場面として名高い「アンパン」の下りは必見。

それに加え、松本清張作品を得意とする野村芳太郎の演出も目を見張る。この監督の作品は出来に幅があるものの、こうした日常の風景が崩れていくさまを画で描き出すのは本当にうまいと思う。やたらコントラストの利いた画作りも好き。

こってりした人間ドラマがみたい人にはおすすめの一本。「砂の器」が好きな人にも。

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