私の恋はかなわない 第2話

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『好きだ』と言われた日から数日経ったある日のこと。
私は庭を散歩しながら、ぼんやりと考えごとをしていた。
『――私、夕霧様と結婚できないかもしれないの』
『どうして?』
『だって、光君が結婚することになってるんだもの。もし私が結婚したら、きっと邪魔になってしまうでしょう? だからこのままだと私、夕霧様と結ばれないと思うの……』
『そんなことはないよ。夕霧はそんなことであなたを嫌ったりしないさ。それに光君なら、あなたを受け入れてくれるはずだよ』
『そうだといいけど……。ねえ、あなたはどう思う? 私と夕霧様、どっちと結婚するべきだと思う?』
(あぁ、駄目だわ。また思い出してしまった)
先日の祭りの時の会話を思い出してしまい、思わずため息をつく。
(どうしてあんな夢を見たのかしら)
ここ最近の私はよく同じ悪夢を見るようになっていた。
そのせいで寝不足気味なのだ。
(やっぱりあのことが原因なのかしら……)
夢の内容が内容だけに、誰にも相談できずにいた。
「はぁ……」
思わず深い溜息が出る。
「どうしたんですか、葵さん?」
突然声を掛けられて顔を上げると、そこには夕霧の姿があった。
「あ、夕霧様……」
「元気がないみたいですが大丈夫ですか?」
「ええ、ちょっと疲れているだけですから」
「そうですか……。あまり無理をなさらないようにして下さいね」
「はい、ありがとうございます」
心配してくれた夕霧に笑顔を返す。すると彼は何かを思いついたかのように口を開いた。
「そういえば、もうすぐ桜が咲く時期ですね」
「ええ、そうですわね」
「よかったら、一緒に花見に行きませんか?」
「まあ、嬉しい! ぜひ行きましょう!」
夕霧に誘われて、心が弾む。
「ふふっ、楽しみです」
「私もです」
私たちは微笑み合った。
「では、また詳しい日時が決まったらお知らせします」
「わかりました。よろしくお願いいたします」
そう言って頭を下げると、彼はその場から立ち去った。
「……はぁ」
一人になると再び大きなため息が出た。
(夕霧様は優しい方だけど……)
私は彼に好意を抱いているわけではない。むしろ、最近までは避けていたくらいだ。
それでも、彼と一緒にいる時間は心地よいものだった。
けれど、今は彼と距離を置きたいと思っている。
(だって、あの人と約束したもの……)
私は心の中に浮かんできた人物の顔を振り払うように首を横に振った。
◆ ◆ ◆
「――それで、話というのは何ですか?」
夕霧は部屋に入るなり、目の前にいる雲居雁に尋ねた。
「ごめんなさい、忙しいところ呼び出したりして……」
「いえ、気にしないでください」
「ありがとう。じゃあ早速本題に入らせて貰うわ」
彼女は真剣な表情をして話し始めた。
「実は、私……妊娠しているみたいなの」
「え……」
その言葉を聞いた瞬間、全身の血が引いていくような感覚を覚えた。
「本当に……ですか?」
「ええ」
「誰の子なんですか!?」
思わず声を荒げてしまう。「落ち着いて、あなたとの子供よ」
「……え?」
一瞬、彼女の言っている意味がわからなかった。
「あなたとの子供が欲しいと思って、そういう行為に及んだの」
「……」
「あなた、私のこと好きでしょう?」
「……」
「あなたは昔から、私のことが好きだった。違うかしら?」
「それは……」
否定することができなかった。確かに、自分はずっと前から彼女に惹かれていた。
しかし、想いを告げることができずにずっと苦しんでいたのだ。
「でも、私はあなたのことを愛していない」
「……」
「私は光君のことが好きなの。だから、あなたの想いを受け入れることはできないわ。だから……」
(ああ、そうか。これは罰なんだ)
(私が彼女を裏切った罪に対する罰)
(本当は最初からわかっていたんだ。彼女が自分ではなく、他の男を選んだということを)
(でも認めたくなくて目を背けてきた)
(でもそれも今日で終わりにする)
夕霧は意を決して口を開いた。
「――私と結婚してください」
「……はい?」
予想外の発言に驚いたのか、雲居雁は目を見開いたまま固まった。
「聞こえませんでしたか? 私は、あなたと結婚したいと言っているんです」
「いやいや、何を言っているの? 私は光君と結婚するのよ? あなたとは結婚できないわ」
「知っています。ですから、私と結婚して下さい」
「は? どうしてそうなるの? 私は光君と結婚するのよ?」
「いいえ、あなたは私の妻になるのです」
「ふざけないで!」
夕霧の言葉を聞いて、彼女は激昂した。
「あなた、自分が何を言っているのかわかっているの? 私があなたと結婚するはずないでしょう?」
「あなたは光君と結婚すると決めているからこそ、私の気持ちに応えられないんでしょう? ならば私があなたと結婚するのは問題ないはずだ」
「だから、どうしてそんな結論に至るのよ! 私があなたと結婚するわけないでしょう? 私は光君のことが好きなのよ! どうしてわからないの!?」
「私があなたの夫になれば、彼を守れるからですよ」
「え……」
「あなたは昔から光が嫌いでしたよね。だから彼のそばにいるといつもイラついていましたし、嫌がらせもしていた。違いますか?」
「……」
「図星みたいですね。まあ、今となっては彼のことはどうでもいいですが……」
夕霧は雲居雁の目を見て語り掛けた。
「彼はこれから先もずっとあなたの傍にいる。けれど、私はそうじゃない。彼が死んだ後、あなたはどうするんですか?」
「……」
「きっと何もしないんですよね。今までと同じようにただ見下すだけで、助けようとすらしない」
「……」
「でも、私がいれば話は変わる。彼は私が守ります。もう二度と傷つけさせたりなんかしない」
「……」
「ですから、私と結婚すれば彼はずっとあなたのものになりますよ」
「……さい」
「え?」
「うるさいっ! 黙れっ!」
突然大声で叫ぶと、彼女は夕霧を睨みつけた。

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