ここにいます
前に所属した吹奏楽団は規模が小さめで、欠けているパートがいくつかあった。
音楽監督から「どうしてもこの曲のここで、この楽器の音が欲しいのですが、なんとかなりませんか?」と言われると、さあ大変だ。なんとかしなければならない。
クラリネットの親戚?に“バスクラリネット"と言う楽器がある。オーケストラだと舞台に向かってひな壇の左端くらいに位置している、曲がった金属ネックのついた黒いデカいブツである。
楽器を演奏する機会のない方には、殆ど馴染みがないと思う。
普通のクラリネットより1オクターブ以上低い音が出る。運指は普通のクラリネットとほぼ同じだが、吹奏感は全く違う(但しドイツ管は似ている)。
まろやかというか、のんびりしたというか、ダークというか、味のある太い音がする。音域は普通のクラリネットより広い。
かく言う私も楽器の存在は知っていたが、若い頃にほんの少し吹いたきりで、キチンと演奏したことはなかった。
ある曲で音楽監督からの前述のような指示があり、やむを得ず私が吹く事になった。
先ず重い。はかると4kgくらいだった。ケースを入れると10kg近くか?軽くて丈夫で持ち運びに便利な素晴らしいケースもあるが、お値段がはる。ずっと吹き続けるなら買うが、一時的なパート移動なので、重いのを我慢して運んでいた。二の腕が丈夫になった。
クラリネットにも楽器を立てるためのスタンドが存在するが、コンパクトな物が多く、楽器と一緒にケースに収納出来るものもある。が、バスクラリネットのスタンドはデカい。嵩張る。重い。軽量化しました!というのを購入したが、これで?という感じだった。
クラリネットのように細かい運指を要求される事はあまりない(ないことはない)。チューバやバストロンボーンといった低音金管楽器の音を縁取り、輪郭を与え、豊かな倍音を響かせる為の重要な役割を担う。Soloを担当する事も結構ある。
なのに、悲しい事に合奏時の存在感の薄さと言ったら、ハンパではない。お、居たのかという感じである。
合奏練習時、指揮者が「このフレーズをやっている、ユーフォニアム、トロンボーン、テナーサックスだけで一度聞かせて下さい」と指示したら、例え「バスクラリネットも」という言葉が聞こえなくても、素早く楽譜に目をやってフレーズを確認し、一緒に吹く。そう、指揮者によく忘れられるのである。
「絶対バスクラリネットの音が欲しい」と言った指揮者ですら存在を忘れるくらいであるから、普段はもっと存在感が薄い。前述のように自分で察して分奏に加わると、後から「あ、バスクラリネットもでしたね、すいません」と謝られる事が多い。まあ良いですけど。私、いなくても居てもどっちでも良いんじゃ?と思う事は多々あった。いじけている訳ではない。本当に心からそう思った。
結局その後、バスクラリネット専属の子が入団するまでの約2年間、私がバスクラリネットを担当した。色々勉強にはなったけれど、この忘れさられ感は楽なような、寂しいような、面白い感覚だった。
昔、ユーフォニアムの人に同じような話を聞いた事があったが、あのアニメのお陰で一気に吹奏楽をしない人も知っている楽器になってしまった。吹奏楽部の新入部員も、確保に困らないようだ。
ちょっと羨ましく思いながら、今度はバスクラリネットを吹く子を主人公にしたアニメでも出来ないかな、と指を咥えている。