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幼きお尋ね者

「在間さん、おはよう。ちょっと良い?」
数か月前のある日、H副店長が私の居るレジにやってきて声をかけた。
「はい」
「ええっとね、これ見て欲しいんだけど」
副店長が差し出したスマートフォンの画面を覗き込むと、一枚の写真が目に入った。
防犯カメラの映像である。どうやら三階の玩具売り場のようだ。一人の女の子が写りこんでいる。ぱっと見、小学校低学年ぐらいだろうか。どこにでもいる、普通の女の子に見えた。
「この子を見かけたら、インカムで『○○ちゃん来ました』って入れて欲しいの」
「はあ、『○○ちゃん』ですか」
「そう」
「学校サボってスーパーに来るとかですか?」
「『中抜き』の常習犯なんだよ」
「えっ」
子供に不似合いな言葉に驚いて、私はもう一度マジマジと写真の女の子を見た。

万引きの態様に色々種類があることを知ったのは、ごく最近のことである。
例えば使用済みの似たようなものを売り場に置き、新しい商品をかすめ取る『置き換え』。キャリーケースで時折やられる。売り場で明らかに商品ではない、古ぼけた汚いキャリーケースを見かけると、犯行の痕跡をまざまざと見せつけられた気がしてぞっとする。
『中抜き』は商品のケースや外装の箱だけを売り場に残し、中身を抜いて持ち去るやり方のことをいう。玩具などはパッケージを破いて中に防犯タグを付けるわけにいかないものが多いから、これをやられるとすんなりゲートを通過してしまう。
人目もあるし、ビリビリ箱を開けている時点で相当怪しい行動だから、そうやっても目立たない小さな商品などがよくやられる。

ところがこの○○ちゃんはデカい箱でこれをやるのだそうだ。子供だから、皆つい警戒心を解くものらしい。
そして空箱を他の売り場の陳列棚の後ろなどに放置する。ウチでも一度、朝の掃除のときにMさんが見切り売りの靴のワゴンの後ろから発見したことがあるらしい。
「これって泣き寝入りですか?」
気になって思わず訊いた。
「ううん、お母さんに請求に行くんだよ。空き箱と防カメの写真持ってね」
「払いますか?」
「払わせるの」
H副店長も大変だ、と思った。

以前は学校の開いている時間帯は来なかったそうだ。だが最近、朝から目撃情報が寄せられるようになったので、早朝番の私にも情報を共有しておいて欲しい、とのことだった。
「でも、顔忘れそうです。大丈夫かな」
私がそう言うと、H副店長はちょっと悲しそうな顔になって言った。
「大丈夫。この服しか着て来ないから。靴もいつも同じ。目立つ靴だから分かるでしょ?」
もう一度写真を見る。この年齢くらいの女の子がよく履いている、電飾がキラキラ光るスニーカーだ。確かに目立つ。
「いつもこの格好なんですか?」
「そう。いつも上から下まで、ね」
私はH副店長の顔を見た。
副店長は私を見て頷いた。
「そういうことなの」
「わかりました」
思わず眉を顰める。胸が塞いだ。

一時間ほどしてMさんが出勤してきたので、H副店長の言葉を伝えた。
午後番にも入るMさんはとっくに知っていた。
Mさんによると、○○ちゃんは近所では有名人だそうだ。学校は休みがち。いつも同じ服を着ている。
家は足の踏み場もないほど散らかっている。お母さんは家に居るが、片付けも掃除もしない。お父さんはいない。兄弟もいない。
学校も事情を知っている。警察も知っている。児童相談所も知っている。ウチの店だけでなく、近隣の店も知っている。でも事後対応しか出来ない。
お母さんは『おたくのお嬢さんが持って帰ったので、お金を払って下さい』というと、ひとしきり文句を言った後、一応払ってはくれるらしい。しかしイチイチ家まで赴くのは面倒だし、学校や警察にも連絡をしなければならず、手間がかかって大変なのだ、ということだった。

「店としては払ってもらえればそれで良いんですけどねえ」
二人の子供を持つMさんも何か寂しそうに言う。
「可哀想ですねえ」
私も相槌を打つ。
「ホントにそう思う。こういうの、なんとかしてあげられないのかなあ」
朝から母親二人して考え込んでしまった。
商品棚の裏で箱を開ける幼いお尋ね者の胸中を思うと、何とも言えない気持ちになる。
彼女と母親が笑顔を浮かべて、お買い物に来てくれる日が来ることを願わずにはいられない。









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