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七人の神様

子供の頃親から
「米粒一つには七人の神様が住んでいる。だから一粒も粗末にするな」
と聞かされて育った。子供の時は「神様って狭いとこに住んではるんやなあ、ぎゅうぎゅうやなあ」などとしょうもないことを考えたりもしていたが大きくなるにつれ、大変な思いをして米を作ってくれる農家への感謝の気持ちを持て、という事なんだなと言う風に解釈するようになった。
お陰でこんなおばさんになっても、米粒を粗末にすることには恐怖に近い罪悪感を覚える。茶碗にへばりついてカチカチになったものも含めて、綺麗に残さず食べるのが当たり前になっている。捨てるなんて余程のことがない限り、したことがない。

以前勤めていたスーパーで、私は米の品質管理の担当をしていた。米は賞味期限や消費期限はないが精米日があり、袋に印字されている。この日から二十日経つと値引き対象となり、一カ月経つと廃棄処分、というのが店のルールだった。食べても身体に悪影響はないが水分が飛んでしまうため、「風味が落ちる」というのが理由らしかった。
米は原価が高く、値引きの幅は少ない。半額などにすると原価を割ってしまうことも多かった。それでも廃棄よりはマシだから、どうしてもと言う時はそうやって売ることにしていた。
この値段決定もチーフに相談の上、私が行っていた。

以前私のいた県は日本有数の米どころで、住んでいた地域には大農業地域があり、多くの家庭が自分のところで育てた米を食べていた。つまり、米を買いに来る人がとても少ない所だった。そうなると仕入れの量を少なくしてもあまり米は売れない。必然的に殆どの米を値下げして売ることになっていた。
魚沼産コシヒカリや、あきたこまちなどの素晴らしく美味しい米ですら、いつも値段を下げていた。それでもあまり売れなかった。

ある時、頼りないチーフが発注量を間違え、大量に高級な銘柄の米が入荷したことがあった。目玉商品にして値下げしなんとか売っていたが、あと二袋がどうしても売れ残ってしまった。精米日から一カ月を過ぎているから、規定では廃棄処分にしなければならない。販売対象外となり、棚からバックヤードに下げてきた米を見て私は心が傷んだ。
良心が咎めた。神様何万人分だろう。

下げてきた米を見て私がため息をついていると、レジ係のチーフのIさんとFさんが近くを通りかかった。このお二人は厳しいけれど、困っていると何かと助けてくれる頼もしいベテラン社員である。
私が余程悩ましく見えたのか足を止めて、
「どうしたん?」
と声をかけてくれた。
「この米、廃棄対象になってしまって…。でも私が買って帰るには多いんです。十キロ二袋ですからね…」
私がそういうと、お二人は
「廃棄!?マジー!あり得へんわー!勿体ない!」
と声をあげた。Iさんが
「いくらで売ってたん?」
というので価格を言うと、Fさんに向かって
「なあ、ちょっと、私ら一個ずつ買おか」
と言った。
「ホンマや。買お、買お」
Fさんも乗り気である。ありがたいけど、規定違反だ。良いのだろうか。
「え!でも良いんですか?古いですよ…それに規定違反ですけど…」
私が言うとFさんが、
「米捨てるなんて、目ん玉潰れる!そんな規定がおかしいわ!十キロくらい、ウチすぐなくなるし、買うで!」
と勢いよく言って辺りを見回し、誰も聞いていないのを確認すると、
「後でこっそりサービスカウンターに持っといで」
と私に耳打ちした。Iさんも頷いている。サービスカウンターにはお二人が交替で詰めているから、都合が良いのだろう。
ちょっと後ろめたいけどホッとして、私はその米をこっそりサービスカウンターまで運んだ。幸い、誰にも見とがめられずに済んだ。

後日、
「あの米、めちゃ上等やなあ!美味しかったで!」
とFさんが元気に報告してくれた。精米日から随分経っているのが気になっていた、と言うと、
「んなもん、関係あらへん。水多めにして炊いたらええだけやん。普段あんなええ米食べつけへんから、めちゃ美味しかったわー!ありがとう!」
と笑ってくれたので、安心した。

フードロスはきっとまだまだ色んな所で出ていると思う。チーフによるとどこかに寄付すると言っても輸送費や人件費のこともあり、慢性的に人手不足のこの業界でそこに人員を割く余裕もなく、結局廃棄という手段を取らざるを得ない、ということだった。
他の食品でも廃棄は勿体ないが、私が特に米にその気持ちを強く感じるのは、子供の頃の親の言葉によるものかと思う。
ほんの二袋でも、美味しく食べて貰えてホッとした。
神様にも失礼なことをせずに済んで良かった。