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つかみどころのない人

私の勤務先の上司、衣料担当社員のKさんは、つかみどころのない人である。
四十代後半。一見、風貌は穏やかだ。色がふやかしたように白く、背はひょろっと高い。面長で、縁の太い眼鏡をいつもちょっとずらし気味にかけている。本人曰く、かなりの近眼だそうだ。
眼鏡の奥の目はとても細くて、その目尻はしっかり垂れ下がっている。唇は厚く、サザエさんに出てくる『アナゴさん』のようである。全体的に面長なウーパールーパーというとピッタリくる感じだが、鼻梁だけはやたらはっきりとしていて、ちょっと日本人離れしている。
髪は年相応に少なくもなく、多くもない。いつもやや猫背気味である。声は高く、少し鼻にかかっている。
外見的特徴はざっとこんなところか。

若い可愛い子に目がない。
二階の衣料品のパートに、Mさんという若い人が居る。色白で瞳がやや茶色がかり、ハスキーな声も魅力的だ。ちょっと鈴木愛理ちゃんに似ているカワイイ人である。三人の男の子のお母さんには見えない。
KさんはこのMさんにデレデレする。傍目にもはっきりわかるくらいである。言っておくがKさんも既婚者である。なのに他の女性従業員が眉を顰めても、全くお構いなしである。勿論妙なことはしないのだが、Mさんと話す時は腰砕けという表現がそのまま当てはまるくらい、相好を崩している。
変に隠そうとしないのが良いのかも知れない。みんな呆れつつ、イヤねえKさんはスケベなんだから、と言っておしまいである。Mさんも器用にKさんと距離を取りつつ、仕事が忙しい時は上手く使っている。Mさんの方が何枚も上手だと思うが、そういう風に使われているのを承知で、Kさんは嬉々として従っているように見える。
こう言った具合の変な人であるが、何故か憎めない。不思議な人である。

私が一階でレジ応援のヘルプを出すと、真っ先に駆けつけてくれる人でもある。靴服飾雑貨は衣料品部門の一員なので、衣料品担当者が駆けつけてくれるのは良くあることなのだが、真っ先にインカムに応えてくれるのはKさんであることが多い。
手伝ってくれた後、
「もう大丈夫そう?また忙しくなってきたら早めに呼んでね」
とボソッと言うと、手を振ってブラブラとした足取りで去っていく。だるそうで、気の毒になってしまう。
しかしこのKさんが、私がワンオペを強いられていた時期に、
「朝の時間帯、二時間在間さん一人では大変過ぎます。靴服飾部門の人員を増やして下さい」
と同僚のNさんと一緒になって、副店長に直談判して下さったと噂に聞いている。この進言が上を動かし、おかげで私のワンオペは解消された。
感謝してはいるのだが、このドロドロダラダラした人のどこに、そんな熱い思いやりの心があったのか、私にはとても窺い知ることが出来ない。
何かに熱心なKさんの姿、というのが想像出来ないのである。

レジのミスが多い。でもレジの応援にはよく入る。だからなかなかスリリングであるが、一応助かる。
ミスを指摘されると、子供のように不機嫌になる。むっつりと黙り込んで拗ねる。ちょっと慰めるとすぐに嬉しそうになる。つまりとても単純である。
悪い人ではないと思うが、良い大人なのに、とは思う。やっぱりよくわからない人だと思いつつ、つい苦笑してしまう。

ラッピングは丁寧である。
以前、私が帽子のラッピングをしていたら、ふらりとやってきたKさんが私の手元をじっと見て、
「それ、在間さん貰ったらどう思う?」
と訊いて一か所を指差した。
私は帽子のブランド名を記したタグを、うっかり裏返しにしたまま包んでいたのである。薄紙を通して、白々としたタグが不格好に透けて見えていた。
「『自分が貰って包みを開ける時、どう思うかな』って思いながら包むこと。そしたらいい加減なことできないでしょ?」
そう言いながら
「ハイ、やり直し」
と言って帽子を包んだ薄紙をビリビリ破いて、新しい紙を私に差し出した。
「僕がやったら早いけど、在間さんの練習にならんから」
そう言ってKさんは、私が悪戦苦闘するのをラッピング台に肘をついて顎を乗せ、にこりともせず横目で見ていた。
帽子は無事、綺麗に包めて、お客様はありがとう、と言って笑顔で受け取って帰られた。ホッとした。
お客様を私と一緒に腰を折ってお見送りし、
「今度からは一回で綺麗にね」
とのんびり言うと、Kさんはまたブラブラと去っていった。
なんであのタイミングで、Kさんは急に私の指導をする気になったのか、考えてみたが結局よくわからなかった。

熱心なのか、だらけているのか。仕事が好きなのか、適当なのか。丁寧なのか、いい加減なのか。本当のところがよくわからない。
つかみどころのないKさんは、でもそこに居るだけでなんだか、こっちまで力の抜けてしまうような気のする人である。