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近所のキュウキュウズ

今朝、久しぶりに朝顔に水をやりに戸外に出た。ずっと雨が続いていたのでしばらく水やりは不要だったのだが、ここ二、三日は降っていない。地面を見ると既にカラカラである。焼け石に水かも知れないが、ジョウロに水を汲んでえっちらおっちら、家と花壇を往復する。
ウチの花壇は家の東側にあり、丁度道路を挟んでゴミ集積所の向かい側になる。時折ゴミ捨てに来る近所の方々と挨拶を交わしながら水やりをしていると、規則正しい『キュウ、キュウ』という音が聴こえてきて、思わず手を止めて音の主を探した。
幼児の音の鳴るサンダルの音である。

しかし音はすれども姿は見えず。どこにいるのだろう。近所のマンションの子だろうか。でもゴミ捨て場は別の場所だけどなあ。そんな風に考えていると、
「おはようございます」
三十代半ばくらいだろうか、Tシャツに短パン姿の男性が、両手にゴミの袋を提げてにこやかに挨拶してくれた。最近近所に越してきた一家のお父さんらしい。班が違うのでお名前は知らないが、あまり見かけたことのない顔なので多分そうだろう。
キュウキュウ音の主はその後ろからくっついてきていた、三歳くらいの男の子だった。小さめのゴミ袋を提げている。
「お父さんのお手伝い?えらいねえ」
と話しかけたら、ニヤニヤしながら恥ずかしそうにお父さんの後ろに隠れようとする。こんな頃もあったなあ、と懐かしくなる。

お父さんとキュウキュウ君がゴミを捨てて帰ろうとすると、今度はもう少し軽い『キュウキュウ』音が近づいてきた。ゴミ集積所に向かって走っているようだ。キュウキュウ音の間隔が短く、せわしない。
やがてもう少し小さめのキュウキュウ君が現れた。年子かな。小さなゴミ袋を持っている。
「○○もゴミ、出してきてってママに言われたの?」
お父さんが小さい方に話しかけると、彼は立ち止まって頷き、お父さんの方に小さなゴミ袋を突き出した。
「じゃあ、蓋開けてあげるから、入れなさい」
お父さんと大キュウキュウ君は折角帰りかけた道を回れ右して、小キュウキュウ君に歩み寄り、一緒にゴミ集積所まで行くとカラス除けネット箱の蓋を開けた。しかし彼は小さすぎて上手く入れられない。お父さんが袋を彼から受け取ろうとすると、彼はゴミ袋を持ったままイヤイヤをした。どうしても自分で捨てたいようだ。
お父さんはゴミ袋を持ったままの彼の脇を両手で抱えると、ちょっと背伸びさせるようにして、上手くゴミを投入させた。彼よりほんの少し大きい大キュウキュウ君が、蓋を持っている。小キュウキュウ君も満足げである。
「さあ、帰るよ」
まだあちこちに興味津々の兄弟を促すと、お父さんは私にもう一度軽く会釈して家に帰っていった。
二人はお父さんの先を行こうと、走り出す。大きいキュウキュウと小さいキュウキュウが入り乱れる。笑い声が聞こえて、こちらもつい笑顔になる。

子供が小さかった頃、私もこのサンダルを履かせていた時期があった。所在確認がし易いので、便利だったからである。
子供が二歳くらいの夏のある日、ベランダで水遊びをさせていたら姿がいつの間にか消えていたことがあった。ウチは一階だったから落ちる心配はないが、一体どこにいってしまったのかと探しに玄関を出ると、近くの田圃の方から
『キュウ、キュウ』
というあの音が聞こえてきて、ビックリして見に行くと、我が子は少し離れた車道に向かって歩いていた。近所にバス停があり、よくバスを見に連れて行っていたのだが、そこに一人で向かっていたようだ。ベランダの柵の下の方が少し空いており、そこからリンボーダンスのようにして脱出したらしい。
慌てて呼んだが、本人は私の顔を見ても「なんだ、もう来たのか」という風にけろっとしていた。あのサンダルのお陰で、早期に犯人の身柄を確保できたが、気付かなかったら案外遠くまで行っていたかも知れなかった。
無事で、胸をなでおろした。

久しぶりにあのキュウキュウ音を聞いて、そんな昔のことを懐かしく思い出した。
あの子達もすぐに大きくなるんだろう。お父さんと行ったゴミ捨てのことも、忘れてしまうんだろうな。
そう言えばあのサンダル、私はどうしたんだろう。もう覚えていない。
時の経つのは早い。




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