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サロメと清姫

今日は仕事が休みなので、今度の定期演奏会で演る候補曲を聴いている。来月くらいには決まると思う。

吹奏楽のレパートリーには、オーケストラの曲を吹奏楽で出来るようにアレンジした物が沢山ある。『ローマ三部作』『ダフニスとクロエ』『運命の力』『ペルシャの市場にて』『海』『アルプス交響曲』…数え上げればキリがない。
吹奏楽だけの為に書かれた作品の事を『オリジナル』という。オリジナルも良い作品がいっぱいあるが、私はどちらかというとアレンジ物の方が好みである。

私の好きなアレンジ物の作品の一つに『サロメ』(リヒャルト・シュトラウス)がある。本当の作品はとても長い(2時間くらい?)ので、吹奏楽で最もよく演奏されるのはこの曲の中の『7つのヴェールの踊り』であると思う。
最近はあまり聴かないが、コンクールでも一時期は大流行だった。

『サロメ』はオペラである。
かなり荒唐無稽な筋立てで、現国王である義父が娘であるサロメに邪な気持ちを抱いたり、母親は現国王の兄との間にサロメを設けていてその兄は弟に殺されていたり、ホントに国の事考えてる?と突っ込みたくなる、ドロドロの人間関係にある国王一家が主たる登場人物である。
サロメは義父に恋される美しい娘の名前であるが、この娘も一風変わっている。預言者ヨカナーン(僧?)という男前に一方的に惚れ込んで誘惑する。ヨカナーンもよくわからん男で、それだけの美女に言い寄られても、サロメのお母さんの不貞行為を非難する言葉を発するだけで、井戸に籠もっている。ホントに気がないのかな、と思う。サロメは当然苛立つ。
で、自分に気のある義父に命じられて、嫌いなくせに義父をメロメロにさせるような官能的な踊りを踊る。スケスケのヴェールを7枚身につけて、一枚ずつ剥がしていく。生唾ゴクリ、のシーンである。

『7つのヴェールの踊り』はこの時の音楽である。オーボエの緊迫感のある、美しくも怪しいフレーズが印象的である。
こんな恋に狂った女の情感を中学生や高校生が表現出来るのかなと思う。大人でもなかなか理解しにくい。

さて妖艶な踊りで義父を骨抜きにしたサロメは、何でも望みをかなえてやる、という義父の言葉に「ヨカナーンの生首を銀の皿に乗せて私に頂戴」という。怖すぎる望みにドン引きするが、父王は約束通りヨカナーンの首をサロメに渡す。喜んで首に口づけするサロメを見て、父王はコイツはイカれとる、とサロメを殺してしまう。
おしまい。えーっ!それがオチ?だったらヨカナーン殺さなくても良かったやん、と誰でも思う。
なんて無茶苦茶な話だろうと思うが、オペラってこういうジェットコースターみたいなお話が多い。

サロメのお話とは少し違うが、相手が聖職者という点では『安珍清姫』なんかも似たようなお話だ。
安珍はヨカナーンと違って清姫にちょっかいを出した…のだろうとは思うが(彼を匿った道成寺では、『ちょっかい出したから女難にあうんだ、そんな奴追返せ』という意見も僧たちから出たようだし)、安珍を釣り鐘ごと焼き殺した清姫の情念は、サロメと近いものがあると思う。

もう今や夫との安穏とした生活に慣れ、恋する情念なんて恐竜が歩いているくらい遠い昔においてきた。でもこういうストーリーを聞くと、彼女らの一途さが恐ろしくもちょっと羨ましく眩しい。

恋の情念は女を美しくも恐ろしい物に変える。
無益な殺生は要らないけど、女としてこういう生き方もありだなあ、いっそ清々しい、と思う事がある。
まあ、お話だけど。



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