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話し相手を求めて

私の勤め先のスーパーでは、年始の所謂『初売り』ムードは四日には全て取り払われ、今はクリアランスセール一色だ。値下げ幅も年末年始よりぐっと大きくなっているが、年末年始でお金を使い過ぎた方々が多いのか、異常に温かい気温のせいで冬物を買う気になれないのか、来られるお客様は少なめである。
ヒマで良さそうなものだが、こういう時はレジ作業以外に時間を取られる。レイアウト変更の為の装飾の手伝いが一番忙しい時期なのだ。ワゴンをどけた後の掃除、値札の張替え、商品整理・・・どれも普段からやっている作業だが、量が凄いので定時までには終えられず、午後から勤務のNさんに残りをお願いして勤務を終えた。

昨日のレジは暇だったが、やたらと話し込む方が多かった。百パーセント、ご高齢のご婦人である。
話題は色々だが、要するに『世間話』『茶飲み話』の類である。
「ウチの孫がね、今度中学生になるの」
「お金が要るわねえ」
「なんだか温かくて気味が悪いわねえ」
「今日のおかずはもう、手抜きにしちゃったのよ」
例を挙げればそれだけでこの記事がいっぱいになってしまうくらいだが、だいたいこういったところだ。誰に話したって良い、とりとめもない、害のない、他愛のない話ばかりである。
Nさんが苦笑しながら、
「今日は傾聴デーですかね」
と言うのに大いに賛成した。

話し込む方は普段から一定数いらっしゃるが、正月明けはやたら多い。
子供や孫が帰省してきて、大勢の身内と沢山の楽しい会話をした後は、急に寂しくなってしまうのだろうか。こんな名前もよく知らない、レジのパートのオバハン相手に、皆様一生懸命話して下さる。
ちゃんと聞いて差し上げたいのは山々なのだが、こちらも仕事がある。しかし急く気持ちをあんまり表に出すとお客様に失礼になるから、ソワソワと愛想笑いをしてごまかすことになる。かといって話し込んでいるとこちらが他の職員に
「適当に切り上げて仕事に戻ってね」
と注意されることになる。
この匙加減がなんとも悩ましい。なかなか上手になれない。

高齢者は増えていくに決まっているから、レジの横に『お話聞きますカウンター』でも作って、お茶の一つも出せば商売にもいい影響があるに違いない、こういう企画したら良いのに、なんてことを家で話していると、
「お前、それ高齢者であふれるんと違うか」
と夫に笑われてしまった。
非現実的かも知れないが、やってみる価値はあるんじゃないか、と半ば真剣に思う。それくらい『話したがっている方』は多い。買い物ではなく、『コミュニケーション』を求めてやってくる方には、杓子定規なレジの応対ですら貴重な機会なのだろう。

お茶一杯までは無料サービス。試供品の菓子をお出しして、ご感想を頂くようにすれば、食品部門にもプラスだろう。お話を聞くのは職員でなくても、役所の高齢者福祉部門とタッグを組めば、なんとか考えられるのではないか。
話を聞いてもらえるとなれば、普段はこもりがちな方でもちょっと出かけようという気になるかも知れない。歩けば運動にもなる。認知症やフレイルの予防にもなる。なによりメンタルヘルスには良いのでは。そうすれば保険診療が減って、国にもプラスになるじゃないか。良いことづくめだ。
儲ける事にばかり必死になるより、こういう一見遠回りな事をしつつお客様のニーズをくみ取り、社会全体を良くしながら共に成長していき、売り上げを伸ばしていくのが企業の理想的な姿なんじゃないだろうか。
・・・と夫相手に高説を垂れていると、
「お前なあ。そんな余裕のある企業、今時どこにあんねん」
と呆れられてしまった。
でも『聞いて欲しい』の気持ちは受け取ってあげないと、きっと寂しい。その気持ちは受け取ってもらえるまで、その人とその周囲にくすぶり続けるだろう。
これって結構大事な問題のような気がしている私は、おかしな人なんだろうか。

ひとしきり話し込んだ後、モゾモゾしたこちらの様子にハッとなり、
「お仕事の邪魔してごめんなさいね」
と寂しそうに帰っていかれる後ろ姿に、近い将来の自分を重ねている。






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