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日々頂いているもの

先日、一人でレジに入っていると、一風変わった感じの男女二人連れがやってきた。キャリーケースの売り場で品定めをしている。
男性の方は四十代から五十代といったところか。身長は多分百八十センチを超えているだろう。ちょっと見、引退した相撲取りのような感じの、恰幅の良い人である。赤ら顔で頭を角刈りにしている。声がとても大きいので、外見と相まってちょっと怖い。
女性の方は対照的に、とても小柄だ。色白で華奢である。年齢は三十代くらいだろうか。少し茶色がかったロングヘアが、つやつやで美しい。美人というのではないけれど、とてもチャーミングで笑顔が可愛らしい。時折男性の言葉にクスクス笑ったりしているが、ベタベタした素振りはしない。

この二人、親子というには歳が近すぎる感じがする。顔も容姿も全く似ていないから、恐らく違うだろう。かといって夫婦というには違和感がある。
カップルという感じでもなく、愛人?という下卑た雰囲気もない。
掃除しつつ、色々と腹の中で二人の関係性を模索する。
接客が面倒な人でないと良いんだけど。少し心配になる。

二人はああでもない、こうでもない、とキャリーケースを持ってきては見比べている。そのうち男性の方が一つのキャリーケースを開け、自分で支えるようにして女性に見せているのを見て、とうとう声をかけた。
「お客様、中をご覧になるのでしたら、よろしければこちらの台をお使いくださいませ」
キャリーケースはがバッと大きく開くと場所を取るし、置くところがないと見づらいので、簡易台を数台、売り場に常備している。しかしこの台は地味な色をしているのと、普段は邪魔にならないように隅っこに置いてあるので、声をかけないとお気づきにならないお客様も多い。
男性の方が私の声に振り返った。
「あ、ありがとうございます」
明るく笑って頭を下げる。その丁寧な物腰に、私はちょっと驚いた。外見から受ける印象とのギャップに、戸惑ったのである。
「こんな良いものが置いてあったのね。わざわざレジ出てきて下さって、すいません」
女性の方も笑顔で頭を下げてくれる。
良い人達みたい。
ホッとして、レジに戻る。

やがて二人は一台のキャリーケースを持って、レジにやってきた。
「ありがとうございました。これにします」
「かしこまりました。ではお取り扱いのご説明をさせて頂きますね」
レジ係は販売時、鍵と保証について簡単に説明をすることになっている。
しかしこの時、話をちゃんと聞いて下さる方は少数派だ。はいはい、と適当に相槌を打ちながら『早く帰りたい』オーラを出している人が殆どである。
しかしこのお二人はしっかりとこちらの説明に耳を傾けて下さった。
とても接客しやすいお二人である。

「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
出勤してきたMさんと一緒に深く腰を折ると、
「お手数をおかけしました」
「ありがとうございました」
と私達と同じくらい深く腰を折って返してくれた。
ますますないことである。
「良いの買えて良かったな」
「うん、色々沢山見られたから良いの選べた。ありがとう」
二人は笑顔で言いながら去っていく。
私が最初に二人を見た時に受けた印象なんて、きれいにどこかに行ってしまった。

人は見かけによらない。話してみないとわからない。
でも多くの場合、外見で判断して言葉を交わさないまま、すれ違ってしまう。
『怖そうな客』
『妙なカップル』
二人と会話しなければ、私は多分ずっとそう思っていただろう。
思いがけずお客様の、人としての温かい丁寧な言動に触れた時、何とも言えず心が満たされる感じがする。何か凄く得をしたような気がする。この仕事をしていて良かったなあ、と思わされる。
大変なことも多いけれど、だから私は接客業が好きなのだと思う。





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