見出し画像

68の事例から見るスマートシティの現在地【エコノミー編】

hayashoと申します。コロナを機に長野県の小布施町という人口1.1万人の町に移住し、まちづくりの仕事に携わっています。

このnote連載では、未来の地方自治体がどうあるべきなのかを考えるにあたって、最近よく耳にする「スマートシティ」って何ぞや?という問いを調べながら、分かったことを備忘録的にまとめています。

第3回は、「Smart Economy」と称して、技術を使って産業の活性化を目指す取り組みについてまとめてみました。

【Smart Economyとは?】

Smart Economyは、IoTやAIなどといった新たなデジタル技術を使って経済活動を効率化、活性化していこうという取り組みを理念としています。具体的には消費者のデータを活用、新たな決済システムの導入、シェアリングによる資源の有効活用、地域産業の活性化などが挙げられます。

今回のまとめ記事では、これまでの調査で見つかった日本国内の25個の事例を総括し、「実現させるための目的」「実現する手段」「対応する具体例」という切り口で整理をしてみました。他にも経済活動への取組をしている自治体はたくさんありますが、ここでは「スマートシティに向けた取り組み」として公表されている事例を中心にまとめてみます。

まず、50の自治体の取り組みを俯瞰してみて、「①経済活動を活発化するのための環境整備」「②技術を活用した個別施策」に分類しました。

①は市民の交流促進公共データ基盤の整備など、そもそも②で紹介するような多様な施策が生まれるための土台となる環境整備についての取り組みが該当します。

②については、例えばスマート農業や、エネルギーの地産地消など、産業ごとに様々な取り組みがあります。この分類に沿って、以降で各事例を整理してみます。

【①経済活動を活発化するための環境整備】

画像8

①-a)人々の接点・交流促進のための場の整備

まず環境整備として最も分かりやすいのは、コワーキングスペースシェアオフィスの整備です。様々なバックグラウンドを持つ人々が同じ空間で働き、あるいはイベント等を通して交流することで、都市内での協働を生み出すことが狙いです。

神奈川県横浜市のYOXO BOXは、横浜でイノベーションが起こせる空間づくりに特化し、コワーキングスペースを置くだけでなく、ビジネス支援付きのサポートオフィスを設置し、「交流のその先」のアクションができる環境になっています。具体的には、起業希望者向けのビジネス講座を開講したり、イノベーション創出のためのイベント開催をしたりしています。大企業・有名起業家や公認会計士・弁護士などの専門家に、気軽に相談できる充実した事業支援体制も整えているので、利用者の事業の実現を最大限にサポートしてくれます。

こうした取り組みは、地方都市にも広がっています。例えば、香川県高松市もスマートシティの文脈でコワーキングスペースを積極的に推進しており、市内に5か所のコワーキングスペースやシェアオフィスが存在します。(2020年11月現在)一つの都市の中だけに閉じていると、集まってくる人材が固定化するなど、新たな情報が生まれにくくなりがちですが、co-ba 高松のように、全国展開するコワーキングスペースのネットワークを活用し、他の都市のco-baメンバーとつながる機会を生み出そうとしている例もあります。

co-baネットワーク内での広島と高松での交流の様子

①-b)民間も活用できるデータ基盤の整備

官民双方が活用できるデータ基盤の整備も、スマートシティの実現のためには欠かせない取り組みです。内閣府はSociety 5.0というコンセプトを掲げ、IoTによって課題や困難を克服する社会を目標としています。また総務省も、経済の活性化・行政の高度化のためにデータ基盤の整備と活用が必要であると述べています。

社会には様々なデータが存在しますが、中には都市部における人流データや都市計画のゾーニングなど、行政が既に把握していたり、民間企業単独では得ることが難しい(あるいは非効率な)データも存在するため、行政がオープンデータとして公開することが重要です。オープンデータは、誰でも許可されたルールの範囲内で自由に複製・加工や頒布などができるデータのことで、官民データ活用推進基本法(平成28年法律第103号)において、国及び地方公共団体はオープンデータに取り組むことが義務付けられています。

例えば、北海道札幌市「札幌市ICT活用プラットフォーム DATA-SMART CITY SAPPORO」として、オープンデータを活用しやすい仕組みづくりに注力しています。ここには 災害時の避難所や公共Wi-Fiといった公共施設の情報から、銀行協会が発表している市内の各銀行の暫定残高まで、様々データが一緒になって公開されています。

UIも洗練されており、企業や市民も情報アクセスがしやすくなっている印象を受けます。実際、2019年11月に行われた「さっぽろ観光相乗りタクシー」の実証実験では、DATA-SMART CITY SAPPOROが提供する人流データが活用されました。

画像3

DATA-SMART CITY SAPPORO

更には、行政が保有するデータ開示だけでなく、企業同士のデータ共有を試みる自治体もあります。

広島県では、企業同士のデータ共有の場となるマッチングサイト「データカタログサイト」を構築し、産業分野をまたいだ新たなサービスやビジネスの創出を促そうとしています。この取り組みは日本の自治体では初です。ただ単にデータを提供するだけで終わりにするのではなく、データを活用したサービスの実現に焦点を置いています。(参考記事

①-c)スマートシティに関する新サービスの実験地の提供

スマートシティを実現するためには、既存のシステムを改変が必要になったり、法律に抵触したりするケースも多いため、範囲や期間を区切って例外的に実証実験を行いやすい仕組みを作ることが重要になります。

日本においてスマートシティが目指され始めた2010年代前半は、企業が主導となって「都市ではないところ」を開拓するという事例が多かったようです。千葉県柏市の柏の葉スマートシティは、三井不動産の柏ゴルフ倶楽部の跡地から、神奈川県藤沢市のFujisawaSSTはPanasonicの藤沢工場跡から生まれています。

最近では、静岡県裾野市において、様々なモノやサービスがつながる実証都市「Woven City」の計画が進められています。こちらは、トヨタが 東富士工場の跡地利用として2021年初頭から着工する予定です。それによって、自動運転車が走り、環境にやさしい建造物が建ち並び、ロボットと共存する未来都市が構築されます。そこに住む住民が、「住む」ことを通して実証実験に参加していく仕組みになっています。(参考記事

一方で、全国的なスマートシティやIoT活用への関心の高まりを受けて、行政が主体となって動いている例も増えてきています。
内閣府では、世界で一番ビジネスがしやすい環境を作ることを目的として、秋田県仙北市広島県今治市などの10区域を「国家戦略特区」に制定しています。国家戦略特区の中には、近未来技術実証特区がありますが、そこでは自動運転やドローンなどのスマートシティの施策で不可欠な新技術の実証実験を大々的に行うことができます。

神奈川県横浜市では、「I・TOP横浜」というITを活用したビジネスに向けた、交流、連携、プロジェクトの推進、人材育成の場を設置しています。そこで生まれたプロジェクトは、回遊性向上を目的としたAI運行バスや、訪日外国人向けの観光ガイドマッチングなどがあります。

広島県では、イノベーション立県を掲げイノベーションをもたらすべく、起業支援を行っています。イベントやセミナーを通して起業のノウハウを学ぶ機会を設けているほか、国や市町村単位での補助金制度や資金調達方法の情報を提供しています。


【②技術を活用した個別施策】

①では経済活動を活発化するための環境整備について見てきました。続いて、こうした環境整備が進んだ先に、どのような個別の施策があるのかを見ていきます。データやIoT技術はあらゆる産業にて活用されうるため、この記事で全てを網羅的に説明することは難しいですが、25都市を調査する過程で出てきた例をいくつか取り上げられればと思います。

画像8

モビリティに取り組む自治体の多さがよく分かります

②-a)スマート農業

画像4

農業においては人手不足が深刻な課題です。農業従事者の高齢化が進んでいるほか、重労働な農業を若者が好まない現状が後継者不足をもたらしています。そんな現状を、テクノロジーを用いて解決するのがスマート農業です。農林水産省は、スマート農業総合推進対策事業としてスマート農業を導入する自治体を支援しています。

秋田県仙北市では、スマート農業の導入をして人手不足の課題を解決しようとしています。2019年5月から9月にかけて、ソフトバンクが開発した「e-kakashi」を用いて実証実験を実施しました。田畑にセンサーを設置して、取得した栽培・環境データをアプリの管理画面で見える化する仕組みによって、農業の負担軽減をします。また、農作業におけるノウハウをデータとして蓄積することで、農業の引き継ぎを効率よくするシステムも導入しています。

スマートシティでは、藤沢市と慶応義塾大学、さいたま市と埼玉大学のように、官学連携産学連携が多くなされていますが、農業の面では進んでいません。しかし、2020年10月に北海道帯広市帯広畜産大学NTT東日本情報通信技術(ICT)を活用したスマート農業の実現に向け、共同で研究に取り組む連携協定を結びました。農畜産業で課題となっているICTに精通する人材の不足を教育機関と連携して進めていくようです。

②-b)MaaSで移動の利便性向上

画像5

MaaSとは、ICT を活用して交通をクラウド化し、マイカー以外のすべての交通手段によるモビリティ(移動)をシームレスにつなぐ新たな『移動』の概念です。具体的には、複数の交通手段の予約や検索、決済を一つのアプリを使えるような仕組みづくりの事例が多くみられます。

静岡県静岡市は、国土交通省の「新モビリティサービス推進事業」の先行モデル事業に認定され、しずおかMaaSに取り組んでいます。2019年11月にリアルタイム型AIオンデマンドタクシーの実証実験を行いました。長期的には、市民の安全な暮らしやゆとりの実現のために複数の交通手段の連携を目指しています。

東京都の臨海副都心では、観光客の移動利便性周遊性向上のためMaaSを導入しています。アプリ「モビリティパス」からシャトルバスやシェアサイクルの乗車予約が可能になり、公共交通機関の利用よりも移動時間に制限されることなく自由に周遊できます。また、アフターコロナを見据えた実証実験を2021年1月から実施予定です。

②-c)キャッシュレス決済

画像6

キャッシュレス決済は、現金を持ち歩かずに買い物ができる他に、店舗側のレジ締めの効率化日本円を持たない外国人観光客の需要の取り込みといったメリットがあります。また、消費履歴がデータ化されることで、家計管理が簡易になったり、個人に最適化されたマーケティングが可能になるなどの利点があります。(参考資料

政府は、2019年の消費税増税に合わせて、キャッシュレス・ポイント還元事業を大々的に推し進めました。これによって、都市部だけでなく、地方においても、LINE PayやPayPayといったキャッシュレス決済の普及が進んだように感じます。

PayPay株式会社は、2020年7月から埼玉県本庄市大阪府大阪市などの日本各地の自治体と共同で「あなたのまちを応援プロジェクト」を実施しています。このプロジェクトでは、地域内の対象の店舗で商品をPayPayを利用して購入した場合に、最大20%のPayPayポイントが付与されます。また、PayPayを使ったキャッシュレス決済では、地域活性化のための商品券を発行する経費を削減できるので、自治体側にもメリットがあります。ポイントのインセンティブによって消費者の購買意欲を向上させ、コロナ禍で停滞する経済の活性化の手段として利用しています。

茨城県つくば市では、公共交通機関を「顔パス」で利用できる技術を実証実験しました。顔のデータを事前に登録して、バスに備え付けた顔認証端末で決済をする仕組みです。この実験の目的は、バス乗降時間の削減ですが「顔パス」の仕組みが街全体で実装されると、ほぼストレスを感じることなく決済行為が完了するようになりそうです。

②-d)シェアリングエコノミー系

画像7

シェアリングエコノミーは、インターネットのプラットフォームを利用して、個人間でシェア(賃借や売買や提供)をする経済システムのことです。既に民間主導のサービスでは、不動産のシェアをするAirbnbや移動手段のシェアをするUberなど、多くのサービスが登場していますが、自治体が主体的になって行い、地域の経済圏を構築しようとする取り組みも増えつつあります。総務省では、シェアリングエコノミー活用推進事業としてこの領域に重点的に取り組む自治体の支援をしています。

モビリティ編でも取り上げましたが、広島県三次市では「支え合い交通サービス」の実証実験を2018年12月からマツダと連携して実施しています。アプリ「支え合い交通サービス」でドライバーとユーザーを繋ぎ、ドライバーがマツダから提供された自動車でユーザーを乗せる仕組みです。(参考記事

神奈川県横浜市では、フードシェアリングに取り組む株式会社クラダシ株式会社コークッキングと公民連携をして、食品ロス防止とフードバンク活動支援の取り組みをしています。横浜市内の食品メーカー等で、納期期限切れのために廃棄される食品を株式会社クラダシが買い取り、消費者がその食品を購入した金額の一部が市内のフードバンク団体に寄附されます。(参考記事

また株式会社コークッキングとは、株式会社コークッキングが開発したフードシェアリングサービス「TABETE」を利用して、横浜市が食品ロス削減に協力する店として認定する「食べきり協力店」などの食品ロスに関する事業の認知度向上やPR活動の連携を行っています。(参考記事

②-e)既存産業の活性化

画像8

今までは、新サービスに関する取り組みを中心に取り上げてきましたが、既存産業をデジタルの力で活性化している自治体もあります。

神奈川県横浜市では、ITツールを用いて横浜市内の中小企業の業務改善や効率化を行っています。具体的には、輸送用機器の部品を取り扱う会社の例があります。業務に不可欠な金型の管理を紙媒体で行っていましたが、管理形態をデジタルに以降して急な発注にも対応ができるようになったようです。(参考記事

千葉県柏市では、IoTを用いて魚市場の鮮魚管理の効率化を試みています。2019年5月から7月にかけて、柏魚市場内の温度と湿度をIoT環境で可視化をする実証実験が行われました。データの可視化が魚を安心、安全な状態で提供できるための品質管理に活かされています。

おわりに

以上、Smart Economyがもたらす効果と事例について述べてきました。Smart Economyに関して、ITツールを使って経済活動を改善し、イノベーションを起こす取り組みが行われていることが分かりました。現段階で行われているものの多くは、ITツールを使った実証実験が中心ですが、今後は本格的な事業として大きく展開されていくでしょう。次回は、Smart Governanceについて取り扱いたいと考えています。お楽しみに!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?