第十二話「シルレルくらい調べろ」
目次
「走れメロスだ! 捕まえろーーー!!」
人間失格たちは新たな人材を確保するべく文学狩りを開始した。
「そっちにいったぞ! 雪国!」
「任せろ!」
雪国が手を広げて通せんぼをする。
そこへ全裸の大男が全力疾走でやってくる。
走れメロスである。
彼はぶるんと両腕を大きく振るいながら、矢の如く走り出している。
「とまれっ!」
雪国は走れメロスと向き合う。
走れメロスは立ち塞がる雪国を跳ね飛ばした。
「ぐあぁぁっ!!?」
「なんてパワーだっ!?」
「おいに任せろぉ!」
蟹工船が渋網を投げた。
投げられた渋網が蟹の足を絡めるように、走れメロスの足を絡める。
「ぬぅっ!」
「どうだ! 動けねぇべ!」
「小癪な」
走れメロスは立ち止まった。
「いくらメロスでもこれなら走れねぇべ!」
「……俺はメロスではない」
走れメロスの筋肉が隆起する。
「走れメロスだ。誇り高きドイツの思想。市民の自由。人としての当然の権利を主張する為に造られた名もなきものたちを代表する反抗者。それが俺の正体だ。だがこのざまを見ろ」
走れメロスは裸体に絡んだ網の端を握りしめる。
「なぜ全裸だ。俺が伝えたかったことはこうじゃない……ぬ、ぬぅ、俺は……俺をもっとちゃんと読め……! 俺は……!!」
人間失格は蟹工船に声をかける。
「まずい……蟹工船! 逃げろっ!!」
「シルレルくらい調べろぉぉぉーーーー!!!」
走れメロスが渋網を力ずくで引き千切った……!
網に仕込まれていた重りが辺りに炸裂する。
「どわぁーーー!?」
蟹工船は這う這うの体で地面に伏せて逃げた。
走れメロスがまた走り出した。
「くそっ、逃がしたか!」
「う、うう……」
「大丈夫か、雪国、蟹工船」
「な、なんどがぁ」
「なんてパワーだ。蟹工船の網まで引き千切るなんて」
「あれは簡単に止まらねぇだ。鮫とか鯱みてぇだ、おっがねぇ」
「作戦を練らないとな」
人間失格たちは一度退却することにした。
作戦会議室には羅生門が待機していた。
「皆さんどうもお世話様です」
「すいません、先生。走れメロスを取り逃がしました」
「まあ、そういうこともあるでしょう」
羅生門は茶をすする。
「凄まじいパワーとスピード。蒸気機関か電気鉄道がごとき勢いを制するのは非常に難しい」
「はい」
「ですがあれだけの能力を野放しにもできません。作戦を立て、次こそは仲間にしましょう」
「でもどうやって?」
「私にとっておきのアイデアがあります。ごにょごにょ……」
「ええっ!?」
人間失格は羅生門から授けられた策に目を丸くさせた。
走れメロスは走っていた。
彼が走ることに意味はない。走ることが目的であり、走ることで存在を証明できる。
それだけだ。
彼が校舎と校舎をつなぐ渡り廊下を疾走したその時。
人間失格が再度立ち塞がった……!
走れメロスは激怒した。
「おのれ、しつこい連中だ」
「走れメロス! 勝負だ!」
人間失格は自分の服をつかみ、そして全裸になった。
走れメロスは困惑した。
「なぜ貴様まで裸になる……!?」
だが歩みを止めることはできない。
走れメロスは全力疾走のまま、立ち塞がる人間失格と衝突する。
「ぬぅっおぉ!?」
人間失格と走れメロスの身体がぶつかり合った。
「何故だ!? 俺の全力疾走をどうして受け止められる!?」
「ぐ、ぐぐっ、あまり舐めるなよ、兄弟」
人間失格が不敵に笑う。
走れメロスはハッとした。
「そうだ、貴様は人間失格! 我が父から分かたれた同じ血を持つ文学!」
「そうさ、兄さん。俺はあんたよりも二年ばかし遅く生まれたが、馬力だけならあんたにも引けを取らないんだぜ?」
「生意気を!」
走れメロスは人間失格の肩を握りつかむ。
「兄よりも優秀な弟などいてたまるか……! 貴様なんぞ我が父が心のまま書き散らかした散文であろう!」
「檀一雄との借金話のついでに生まれたあんたに説教なんてされたくないぜ!」
「言うな!」
走れメロスは人間失格の股間に腕を差し込み担いだ。
そして力強く投げ飛ばす。
「ぐああぁぁっっ!?」
「所詮は私小説! 片腹痛いわ!」
人間失格の身体が窓を突き破り、中庭の茂みへと放り出される。
「今だっ!」
投げ飛ばされた直後、人間失格はそう叫んだ。
茂みに隠れていた雪国と蟹工船が躍り出た。
二人は緋色のマントを大きく広げて、走れメロスの身体にマントをかぶせた。
「こ、これはっ!?」
「オチだ! 走れメロス!」
「文学はオチがついたら落ち着くのが決まりだ!」
暴れる走れメロスにマントをかぶせ続ける。
「ぐ、ぐお、は、離せっ!?」
「いいや、離さないね」
「おとなしくするだ!」
「ぐおおぉぉっ!」
走れメロスはついに動きを止めた。
力を使い果たしたかのようにその場で片膝をつく。
「く、くそっ」
緋色のマントを羽織った走れメロスはうなだれた。
「俺の……負けだ。どうして俺は今まで裸で走っていたのか……」
勇者はひどく赤面した様子でそういうのであった。
ー次回予告ー
源氏物語は来るべき決戦に備えて文学を誘い寄せていた。
しかし、最も優れた文学を決める戦い【世界文学大戦】。
源氏物語には別の目的があった。
第十三話「The answer is in the curtain(答ふは御簾の奥に)」に続く(次回更新は4月13日(火))
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