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第十三話「The answer is in the curtain(答ふは御簾の奥に)」

目次

「ねぇ、君の名前っていと時めくよね、あいぎゃうもあってさ」
 古典文学もまた仲間を増やすべく文学口説きを行っていた。
 源氏物語はとある女性を口説いていた。
 女性は笑う。
「私の名前?」
「そう、たけくらべ。素敵な名前だ」
 たけくらべは微笑んだ。
「學校の唱歌にもぎつちよんちよんと拍子を取りて、運動會に木やり音頭もなしかねまじき風情。ですね」
「ませた子供だなって皮肉かな? 僕の歳は知ってるくせに」
 源氏物語も笑う。
「それをあいなしと思ふ人は、とにかくに変はるも、「ことわりの、世のさが」と、思ひなしたまふ。だね」
「心変わりなんてしてませんよ、別に」
 たけくらべはつまらなそうに言った。
「お久しぶりですね、源氏物語」
「どうだい、たけくらべ。また古典に戻るつもりはないかな?」
「ご冗談を」
 たけくらべは源氏物語の手を叩いた。
「家に金あり身に愛嬌あれば人も憎くまぬ當の敵あり、我れは私立の學校へ通ひしを、先方は公立なりとて同じ唱歌も本家のやうな顏をしおる。ですから」
「いいや、君は近代文学の生まれだけど間違いなく根っこは古典さ」
 源氏物語が叩かれた手でたけくらべの手を握った。
 たけくらべはため息をこぼす。
「女御にはこよなく思ひおとしきこえたまひつれど、人がら、容貌など、いとうつくしくぞおはしける。だと僕は思っている」
「やめてください。私はそんなによいものじゃありません」
「そんなことないさ。君は魅力的だ」
 源氏物語はまっすぐと見つめる。
 たけくらべの瞳が少しうるんだ。
「今は我れより人々を嘲りて、野暮な姿と打つけの惡まれ口を、言ひ返すものも無く成りぬ。なんですよ、私は」
「自分を卑下するのはよくないな」
「だめったらだめなんです」
 たけくらべは源氏物語の手を振りほどいた。
 たけくらべは赤面した顔を隠しながら、立ち去ってしまう。
「あ~あ、失敗かな」
 源氏物語は肩を落とした。


「ただいま」
「どこにいってたんですか」
 今昔物語は生徒会室に戻ってきた源氏物語を問い詰めた。
 源氏物語は席に腰掛ける。
「ちょっとスカウトをね」
「スカウトって……あなたのはただのナンパでしょう」
「そうとも言う」
「まったく」
 源氏物語は背もたれに寄りかかりながら話す。
「だけど本気さ。特にたけくらべは必ず仲間に加えておきたい」
「彼女はそんなに優秀なんですか?」
「もちろんさ。彼女ほどに素晴らしい文学はそういない」
 今昔物語は眉をあげる。
「あなたが手放しで近代文学を褒めるなんて珍しい」
「僕だって褒めるさ。西洋文化や資本主義への傾倒に嫌気が差しているだけで、日本の文化を正しく愛している文学は僕が愛すべき文学さ、どんな年代でもね」
「その性格がたらし、鬼畜、節操なしといわれる所以ですね」
「僕は源氏物語だからねぇ」
 源氏物語は腕を組む。
「それにしてもまいった。たけくらべも頑なで困るよ」
「知り合いなんですか?」
「知り合いというか」
「恋人ですか」
「まあ」
「一体あなたは何人の恋人がいるんですか」
 今昔物語がため息をつく。
「愛や恋に人数制限をつける方が馬鹿らしいと思わない?」
「こころくばりって意味知ってますか? もしくは外道の云く、「芥子よりも尚少し」とか」
 源氏物語は両手を挙げて降参をした。

 源氏物語はたけくらべに逢いにいった。
「また来たのですか」
「まあね」
 源氏物語はたけくらべの隣に座る。
「御簾の内にも、耳とどめてや聞きたまふらむと、片つ方の御心には思しながら、かかる御遊びのほどには、まづ恋しう、内裏などにも思し出でける。って言えば分かるかな」
「何とて夫れに心を置くべき歸つてお呉れ、歸つてお呉れ、何時まで此處に居て呉れゝば最うお友達でも何でも無い」
「厭やな正太さんだと憎くらしげに言はれて、夫れならば歸るよ、お邪魔さまで御座いました。なんて僕が君に言葉を返すと思うかい?」
「あきらめの悪い方ですね」
「僕を誰だと思ってるのさ、僕は」
「源氏物語ですものね、ええ、知っていますとも」
 たけくらベは源氏物語の頬に触れる。
「物好きなお方」
「たけくらべ。君はこの戦いのこと、どう思う?」
「どうとは?」
「世界で最も優れた本を決めるなんて、いかにも西洋的な考えだ」
「ええ」
「こんなことを言い始めた本の神様ってのは一体どんな顔をしているんだろうね」
「さあ、私ごときではそんなこと」
 源氏物語はたけくらべを見つめる。
「僕はね、神様の正体を暴きたい」
「正体を?」
「その為にはこの戦いを勝ち進めないといけない」
「だから私の力が必要だと」
「君は僕にとってかけがえがないって話さ」
「さわりのよい御言葉」
 たけくらべはため息をこぼした。
「分かりました。貴方に協力します」
「本当かい?」
「ええ、その代わり一つだけ聞かせて欲しいですわ」
「なんなりと」
 源氏物語が気取った風に言う。
 たけくらべは微笑みながら尋ねた。
「貴方がそんなに必死になるのは枕草子のため?」
 そう聞かれた源氏物語は。
 顔を真っ赤にして答えに詰まった。
 たけくらべはそれだけで答えのすべてを知った。


ー次回予告ー
戦いの火蓋は切って落とされる。
集められた日本文学たち、近代ISBNの加護を受けしもの、古きものは歴史的価値を誇りけり。そして盛者必衰の理をあらはす。
近代、古典、果たしてどちらに軍配が上がるのか。

第十四話「開戦に続く(次回更新は4月20日(火))

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(制作:弘法の筆 原案:地獄サイコ浜田 イラスト・書影:ALISON 執筆:林保彦)

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